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2005年02月07日(月) 「結婚しなくちゃ幸せになれない」(後編)

こちらのつづきです。

ホームヘルパーをしている、四十歳で独身の友人がいる。
彼女が定期的に家を訪問する利用者の中に、ものすごく口うるさいおばあさんがいるらしい。食事をつくっている最中、鍋のふちから少しでも火がはみ出していると、「ガス代を無駄にできるほどうちにはお金余ってないで!」とガミガミ言うのだそうだ。

「そんなやから、こっちも時間がきたらさっさと帰ろうとするやん?けどそのおばあちゃん、私が靴を履き終わったら、いっつも言うねん」
「なんて?」
「『お菓子があるから、食べていきなさい』って・・・」

自分が帰ったら、おばあちゃんはまた家にひとりきりになる。だからできるだけ長く居させようとしているのではないかと思う、と彼女は言った。
昨春、彼女に結婚相談所に入る決心をさせたのは「いつか自分もこうなるかもしれない」という思いだった。

「で、例の男の人とはどうなってるん」
彼女に尋ねる。二ヶ月ほど前からデートを重ねている男性がおり、相談所からの新たな紹介もストップをかけている状態、でも実はいまひとつその気になれずにいる、と聞いていたのだ。

「相変わらずやわ、不満はないけどときめきもない。けど、最近はこんなもんかもしれんと思いはじめてきてん」
「こんなもん、とは?」
「考えてみたら、私も向こうも四十過ぎ。若い頃みたいなテンションの恋愛ができると思うのが間違いなんじゃないかって。贅沢言ってられる年でもないしなあ」

そこまで聞き、私はたまらず声を上げた。
「なに言うてんの、逆やろ、逆!」
あなたがいま二十九歳で、なんとしても三十までに滑り込みたいって話ならわかるよ。けど、その年になって半年や一年、事を急いてどうなるっていうの。大枚はたいて相談所に入って、手をつないでもドキドキのひとつもしないようなのと結婚するわけ?それになにより、そんな気持ちで結婚される相手の人が気の毒だわ。
と言ったら、
「いや、たぶん向こうも同じやで」
と返ってきた。

結婚をあなどってはいけない。それは見切り発車でも、してしまえばなんとかなる、という代物ではないのだ。
ルーレットで有り金すべてを賭ける一発大勝負をするとき、「もう夜も遅いし、考えるのも面倒だから、こっちでいいや」なんて決め方をするだろうか。
赤か、黒か。こればかりはホイールを回し、玉を投げ入れてみなくてはわからない。しかし、テーブルにチップを積む時点では「きっと来る!」と信じることができていなければ、すっからかんになったとき、その無念はどれほど大きなものになるだろう。

恋心を維持しつづけられる夫婦はそう多くない。たいていは一緒に暮らすうちに右肩下がり、きれいさっぱりなくなる場合だってめずらしくはない。ガソリンをタンクに半分しか入れずに長旅に出ようとしている人がいたら、あなたは忠告するはずだ。「それでは車は途中で停まってしまいますよ」と。

「何日か前の新聞の人生相談にも載ってたよ、四十代の主婦が『結婚できればいいとまじめなだけの人を夫に選んだことを後悔している、つまらない人生になってしまった』って」

その年まで待ったんじゃないの。だからこそ絶対この人、なにがなんでもこの人、と思える人を掴まなくてどうする。
たとえ賭けたのと違う色のスロットに玉が入っても、「最善を尽くしての結果なんだから」と受け入れられる選択をしてほしい。「絶対来ると思ったのになあ!」と心底悔しがることのできる選択を。

半年前、ふた回り上のバツイチの男性と結婚したいと言い出し、夫の実家に嵐を巻き起こした義妹は来月、父親も下の兄も出席しないささやかなささやかな式を挙げる。
私はなにも心配していない。彼女なら大丈夫だ。赤が出ても、黒が出ても。