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2004年08月04日(水) 「他人の夢の話と猫自慢ほど退屈なものはない」というけれど

出勤途中、散歩中の柴犬に出会った。私がはっと息を呑んだのは、その犬にあたりをはらうような「気品」が漂っていたからだ。
特別高価そうな首輪をつけていたわけではない。連れていたのもごくふつうのおじさんだ。しかし、姿勢と足の運びが驚くほど美しかった。追い抜きざまにさりげなく顔を見たら、やはり凛とした雰囲気の賢そうな面立ちをしていた。
街を歩いているときにベビーカーに乗った赤ちゃんと散歩中の犬が向こうからやってきたら、私は確実に後者に目がいくタイプ。見ず知らずのママに「抱っこさせて」と声を掛けることはないが、飼い主になら「わー、ちょっと撫でてもいいですかァ」と近づいて行ける。
これを人に言うとのけぞられるのであるが、私は中学に上がるまで、毎晩枕元にぬいぐるみを二十匹くらい並べて眠っていた。ベッドを海に浮かぶイカダに見立てていたので、朝、床に転げ落ちているものがあるとあわてて拾いあげたものだ。
人形は苦手だったのにぬいぐるみには惜しみない愛情を注いだのは、私が大の動物好きだったからだろう。二日前の新聞の投書欄に、ゴミ捨て場に生きたウサギがゲージごと捨てられていたという話が載っていたが、小遣いをはたいて「ムツゴロウ新聞」を取っていた当時の私がそれを読んでいたら、大変なショックを受けたに違いない。
隣席の同僚は職場のパソコンのデスクトップを愛猫の写真にしている。私は猫を飼ったことがないのだけれど、話を聞いていると、犬とはまた別のかわいさを持った動物のようだ。
彼女が猫を膝に乗せて雑誌を読むとか、朝になると前足で顔をノックされて目が覚めるといった話をするのを、私はいつも目を細めて聞く。夫は「飼うなら犬」という人だし、私自身も家の中で動物を飼うことには抵抗があるので、この先も私に猫との蜜月が訪れることはなさそうだが、だからなおのことうらやましい。
「他人の夢の話と猫自慢ほど退屈なものはない」は柳美里さんの言葉だけれど、私は少なくとも後者については否定できる。林真理子さんや村上春樹さんのエッセイにも猫がしばしば登場するが、これがかわいくてたまらない。
まるでそれが目の前にあるかのように疑似体験できるという点で、ペット自慢とグルメエッセイは似ている。

夫の同僚が新築マンションを購入したので、お祝いに行ってきた。
集まったのは夫婦四組の計八人。男性陣がビールを飲んで寝てしまったため、妻四人で盛りあがったのであるが、「こんなきれいな家に住んだら、夫婦ゲンカできへんなあ」と課長の奥さんが言う。
「え、なんでですか」
「だって、お皿投げて窓ガラス割ったり障子破ったりしたらすごいショックやん」
「えっ、そんなもの投げるんですか?」
驚きの声をあげたら、「うちのケンカはもっと派手よ」と部長の奥さん。大きなバイクを乗りこなす、活発で素敵な女性だ。
「手は出る、足は出る、K-1の試合みたいだからね。こないだグラタン投げたら、掃除がすっごく大変だった。あははは」
あまりの壮絶さに言葉を失っていると、「小町ちゃんとこはケンカするの?」と訊かれた。
「もちろんしますよ」
「へええ、そんなイメージなかったわ」
「そんなのしょっちゅうですよ。私、よく思うんですよね、うちに猫でもいてくれたら、もうちょっとケンカも減るんじゃないかって」
そうしたら、間髪入れず三方から声が飛んできた。
「猫じゃなくて!子どもをつくんなさい、子どもを!」
……ごもっともです。

【あとがき】
いまのところ、夫婦ゲンカで暴力を振るったことはありません。でも、ケンカをすると口を利くのも嫌になり、ぷいとそっぽを向いてしまうのが私の悪い癖です。だから仲直りするまでに時間がかかるんですよね。