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2003年10月03日(金) 現品限り

女性誌の読者の広場的コーナーで、「店員の『これが最後のひとつです』のセールストークが嫌い」という若い女性の投稿を見つけた。
彼女曰く、その言葉を信じて買っても、後日その店に行くと必ず同じものが並んでいる。「今後入荷の予定はない」は信用ならず、これを言われるとむっとして買わずに店を出てくるのだ、という内容だった。
彼女ほど頑なではないし、理由も違うが、私もやはり店に残った“最後の一点”は買わない。袋に入れられずに店頭に飾られて埃をかぶったり、他人の指紋や汗がついたりしているものを新品の値段で買うのは気がすすまない。使いはじめたらそのくらいの汚れはすぐに自分がつけてしまうことはわかっているが、購入時点ですでに老化がはじまっているというのはやはり損な気がする。

先日ブティックの前を通りかかったら、ショーウィンドウの中のマネキンが着ているセーターが目に留まった。
同じものを試着したいと言ったところ、「あれが最後の一点なんです」と店員さん。慣れた手つきであっという間にマネキンを裸にし、どうぞと手渡してくれた。そのセーターはなかなか素敵だった。
しかし、彼女に「じゃあこれ、取り寄せてもらえますか」と言ったとたん、さきほどまでの笑顔がけげんな表情に変わった。
「なにか不都合がありましたか」
なぜこれではだめなのか。前に試着した誰かの口紅がついていたり、袖口が伸びていたりするとでも?彼女の目がそう言っている。
そういうわけではない。しかし、これまでに何度もこうして誰かが着てはマネキンに着せ直すことを繰り返してきたのだろうと思うと、目に見える不具合がなくても本当の新品という感じがせずイヤなのだ。ましてや、これにはけっこうな値がついている。
無理ならけっこうですと伝えると、彼女は黙って連絡先を記入するためのペンを渡してくれた。
こういう場面で、他の方はどうなのだろう。それほどこだわらないものなのだろうか。

先日、またまたスパワールドへ。千円キャンペーンをしているうちにもう一度、と独身時代に勤めていた会社の同僚と滑り込みで行ってきたのだ。
湯に浸かりながら、彼女が「叶姉妹は注射で胸をふくらませている」「ヤワラちゃんのお父さんはヤーさんだから彼女に関する悪い噂は絶対に立たない」といったワイドショーネタを次々に披露してくれる。どうしてそんなに詳しいのだろうと思ったら、最近おすぎとピーコのトークショーに行き、「ちょっとアンタたち、ここだけの話にしてちょうだいよッ」な話をごっそり仕入れてきたらしい。
「そういえば美香さんの胸っていびつやもんね」「そうそう、見るからに左が大きい」なんて話でひとしきり盛り上がったあとは、彼女が会社のゴシップを教えてくれたのであるが、その中に私が在籍していた頃から社内の女性を食い散らかしていた(品のない表現で失礼)モテ男にまたしても新しい彼女が発覚、という話があった。
「後から彼女になる人は、『私、誰それさんの妹になるのか』ってことが頭によぎったりせえへんのかな。私やったらその男自体に使い古し感を感じるから、ぜったいイヤやけど」
と彼女が言うのを聞き、ユニークなことを考えるものだとうっかり感心してしまった。
世の中には「○○兄弟」「△△姉妹」(書けませんっ)なんて言葉があり、学生時代、男の子が「アイツの弟になるのだけは我慢できない」と言うのを耳するたび、「ふーん、後発っていうのは大きな敗北感を伴うものなのね」と思ったものだ。そう考えると、最新の彼女が社内にごろごろいる元彼女たちを意識するとき、「私が選ばれたのよ」ではなく「彼女たちのお古なのね……」という卑屈な発想に至ったとしても不思議はないのかもしれない。
たとえそうだとしても。セーターや本と違い、人間だけは「現品限り」。どれも一点物であることは間違いなく。
だとしたら、縁があったなら大切にしなくてはね。こればかりは本当に「再入荷の予定はございません」なのだから。

【あとがき】
文庫本くらいなら表紙に多少傷がついていても買うことはありますが、なんか損をしたような気がします。服だったらなおさら。かぶりものを試着するときは口紅がつくのを防ぐためのベールを渡されるけど、使っていない人もいると思うんですよ。ときどき襟のところに口紅がついていますから。セーターなんかだとハンガーに吊るしたりマネキンに着せっぱなしにしていると重みで伸びているはずだし、店員さんに渋い顔にされようと新品がほしいの。