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2003年10月01日(水) 年下の男(後編)

※ 前編はこちら

仕事帰りに立ち寄った書店で、平積みされていた女性誌の表紙に「27歳過ぎたら『年下の彼』」という見出しを見つけた。
とすると、私はその雑誌が言うところの「年下の男を選ぶべき女」にばっちり該当していることになる。どれどれと手に取り、ページを繰ってみる。
年下の男性をパートナーにするといかに“おいしい”か、あれこれ書いてある。世界が広がる、見た目も気持ちも若返る、結婚したら同い年や年上の夫よりコントロールしやすい、先立たれて寂しい老後を送らずにすむ……。そうそう、こんなコメントもあったっけ。
「年上の恋人を持つ友人がセックスレスだと嘆いているのを聞くとかわいそうになります。三つ下の彼に毎晩のように求められ、からだがうれしい悲鳴をあげています!」
しかし、どうなんだろう。どれも年齢云々というより個体差の問題という気がするのだけれど(最後の項目なんてとくに)。特集記事で何ページも割いてあるわりに説得力に欠け、私を年下ワールドに誘うには至らなかった。
私は年下の男性とお付き合いをしたことがない。あちらから求められることがなかったというのもあるが、こちらも興味を持ったことがない。男性が浪人していると学年は下でも実は年齢は同じ、あるいはあちらが上ということもよくあったが、入学や入社の年度がひとつでも自分より新しいと自動的にフィルターにかけられるように恋愛対象から外れた。
私が男性を異性として意識するとき、「色気を感じること」は必須項目。しかし、相手を「○○君」と呼び、あちらから丁寧語で話しかけられる関係の中で、それを見つけるのはむずかしかったのかもしれない。そのため、結婚までの二十数年間の恋愛人生において私の目線が水平より下がることはほとんどなかった。

そんな私がひとつ例外に感じているのが、インターネットの世界。
大学や職場で知り合った男性を「回生」や「社歴」といったものを切り離して見ることはむずかしいが、日記書きの世界には縦の序列を決定づける要素はない。書き手の位置関係は古参・新参、大手・零細にかかわらず並列で、互いに呼び名は「さん」づけ、会話は丁寧語で行う。そのため、相手の年齢に関する情報はなくてもちっとも困らない。
つまり、「色気」が自動的にカットされてしまうことがないということだ。
先日ここで、「色気のある文章を書く男性の日記書きさんがいる」と書いたところ、「○○さんのことではないですか」というメールを十通もいただいた。
私の性格や過去の発言を分析したうえで推理してくださった方もあったが、ほとんどはご自身が色っぽいと感じている男性の名を挙げておられた。残念ながら全部ハズレだったのであるが、文字通り十人十色の回答を「人によってこれだけ感じるポイントが違うのだなあ」と興味深く読みながら、私は色気の正体について考えた。
名前の挙がった十人の中には「言われてみると、たしかにこの人も色っぽいな」と私につぶやかせた方もいたのだが、私はなにをもって色気のあるなしを振り分けているのだろう。
すると、いくつかの共通項があることに気づいた。サイトの中で自分の見せ方をコントロールしていると思われる、読み手とのあいだに一定の距離を保っている、自身や文章に自信とプライドを持っている、などである。
感情の露出が控えめで自分をさらけだしてしまわない、フレンドリーではあるけれどどこかで一線を引いており懐には入れさせない、他人に流されない凛とした感じ------どうも私はそういうところに男の色気を感じるらしいのだ。
これは、以前ある日記にリストアップされていた「筆美男子な日記書きさんたち」を頷きながら拝見したときにも感じたことであり、年齢とは関係がない。

性別不明の文章を書く人はあまりいないが、年齢不詳の文章を書く人は少なくない。つい先日も、自分よりぐっと年上に違いないと思っていた日記書きさんが二十代半ばだったと知って愕然としたばかりである。
そして、かくいう私も日記の中ではかなり老けて見えるらしい。初めての方からいただくメールの中に「プロフィールを見るまで、もっと年上の方が書いているのかと思ってました」という一文を見つけるのはめずらしくないし、五十代の方に同じ世代だと思っていたと言われたこともある。
しかし、これが不思議と悪い気はしないんだな。顔かたちで年上に見られたら屈辱を感じるのに、文章のために老けて見られるのはかまわない。これはどういうわけなんだろう。
私にとって日記を通じて知り合った人の年齢というのは、その人の居住地と同じくらい意識することのない情報である。序列のないこの世界では、相手が年上か年下かによって接し方を変える必要がない。私の中にある内訳は「懐の内にいる人」か「外の人」かの二つだけだ。
そこには「年下の男」も「年下の女」も「年上の男」も「年上の女」も存在しない------これは私がインターネットの中の人間関係に煩わしさを覚えることが少ない理由のひとつである。

【あとがき】
「筆美男子」のあの企画は面白かったですね。そう、「この人は美しいのではないか」と想像させるような文章を書く男性日記書きさんが12名ピックアップされていたんですよね。読んだことのないサイトを除くと、私が「うん、わかるなあ」と頷いた確率は75%でしたので、その企画をした方(男性)とはかなり感覚が近いと言えると思います。ちなみに「筆美人」の企画もやっておられましたが、誰が選ばれていたのかすっかり忘れていることから、筆美男子ほどの興味が持てなかったことがうかがえます。