過去ログ一覧前回次回


2003年04月02日(水) 「女性専用車両」を考える(後編)

※ 前編はこちら

会社勤めをしていた頃、とりわけ阪急電車を利用していた二年間は、私も散々な目に遭った。
京都線の特急は進行方向に向かって二人掛けのシートが二列、ズラリと並ぶつくりになっている。大宮駅を出ると三十分以上ノンストップ。もし痴漢に通路側に座られたらどんなことになるか。満員電車でどこからともなく手が伸びてくるのもぞっとするが、ふたりきりの空間でやられるのはさらに怖いものだった。
しかしながら、私は「か弱い女を守るために専用車両は必要」と女性自らが言うのを聞くと嫌な気分になる。私たちはあらゆるところで「女性差別撤廃」「男女同権」を訴えているのではなかったか。こんなときだけ「か弱い」などと開き直ってどうする。
「オヤジがいないから、臭くないしー(笑)」なんて発言に唖然とすることもある。なにか勘違いしていないか。専用車両は「女性がより一層の快適を得られるように」と用意されたものではない。身の危険を感じることなく乗ることができるという、最小限の環境を保証してもらうために講じられた苦肉の策なのだ。
「三号車は女性専用車両となっております。快適な車内環境づくりにご協力ください」の車内アナウンス。私が男性だったら、愉快な気分にはならないだろう。「男がいたら快適にならないっていうのか?」と文句のひとつも言いたくなるかもしれない。
それでも男性が専用車両を容認しているのは、「たしかに犯人は男だしなあ」という連帯責任的負い目と、自分の恋人や娘がそのような目に遭うことへの恐れからではないかと思う。
そういったことを考えもせず無神経なことを口にするから、「女性はいつも都合のよいときだけ『女』を主張する」と批判されてしまうのだ。
「あら、男の人にも痴漢に間違われなくてすむっていうメリットがあるじゃない」とおっしゃる向きもあろう。
たしかに私のまわりにも、ラッシュ時はバンザイをして乗っているという男性が何人かいる。「妙な神経を遣いたくないから」とこれを歓迎している男性もいるのだろう。
しかし、本当に怖いのは悪意のある痴漢冤罪だ。女性専用車両の設置はこれの防止にはなんの貢献もしない。件数を比べればぐっと少ないだろうが、すべての男性にとっていつわが身に降りかかるかわからない災難であるという点では、女性が痴漢を恐れるのと違いはない。
もし冤罪防止対策として、男性専用車両が設置されたとしたら。「女というだけで疑われてるみたいで不愉快」と感じることなく受け入れられる女性はそんなに多いのだろうか。
「一緒にいるから問題が起こる。なら分離してしまえばよい」という発想は非常に安易で危険なものだと思う。そのうち、「〇号車までは女性専用、それより後ろは男性専用」なんて具合に完全に分けられるようなことになるのではあるまいな。

いろいろ書いてきたが、私は「女性専用車両はすぐに廃止すべし」と主張する者ではない。
痴漢の被害者は中学生、高校生がもっとも多いという。父親が通学する娘と同じ電車に乗り、痴漢を捕まえたというニュースを聞くと、親も子もどれほど悔しい思いをしてきたことだろうと胸が詰まる。
多感な年頃にそのような経験をすることが心にどんな影響を与えるか。被害がこれだけ多発している現状を考えても、他に即効性のある策を思い浮かべることができない中で「必要ない」とは言えない、というのが正直なところなのだ。
しかし、専用車両は「痴漢に合わずにすむように」はしてくれても、痴漢そのものを減らしてはくれない。対症療法としては有効でも、根本的な問題解決にはまったくなっていないのだということを、私たちは理解しておかねばならない。
どうすればよいのか。
車内の混雑緩和を図ることが一番の策であろうが、たとえば私が利用する電車は朝のラッシュ時、二分おきにやってくる。これ以上運行本数を増やせといっても現実的ではない。「車内アナウンスや構内ポスターで痴漢は犯罪であると知らしめる」というのも聞くが、効果は期待できそうにない。もしこれを見て「ほなやめとこか」と思いとどまる痴漢がいるなら、お目にかかってみたい。
警備員を各車両に配置する、監視カメラを設置するといった案もあるようだが、私がなによりも大事だと思っているのは「被害にあったときに泣き寝入りをしない」こと。
なにも相手の手をむんずと掴み、「この手、誰の手ですかー!」と大声を出す必要はない。顔を見ることができなくても、やめてと言えなくても、「黙って触られてなんかいるものか」という意思はアピールする。そして、電車から降りたら駅員に通報しよう。
怖いのはわかる。恥ずかしいのもわかる。しかし、一人前の女性であるという自負があるなら、このくらいの勇気は持つべきではないだろうか。
こんなヤバイことはやめておこうと痴漢に思わせる。警備員やカメラの抑止力に頼るのではなく、女性本人が。効果が表れるまでに長い時間のかかる漢方薬的取り組みではあるが、これなくして痴漢撲滅はありえないと私は思っている。

【あとがき】
前編で呼びかけたアンケートにはたくさんの方にお答えいただきました。自分の日記を読んで、誰かに何かを考えてもらえる------書き手としてこんな光栄なことはありません。時々こんなふうに皆さんの意見を聞かせてもらうことで、私も勉強をさせてもらっています。ご協力感謝します。そしていつも読んでくれてありがとう。