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2002年06月23日(日) おしゃれは忍耐

新婚生活のイロハを掲載している情報サイトを流し読みしていたところ、コラムの中の一節に目が釘づけになった。
「若いのに『家族』になってしまい、恋人時代に戻れなくなることを考えれば、メイクを落とすのは旦那様の眠った後にする……こんなちょっとしたことに気を遣うぐらい、何でもないですよね」
コラムのタイトルは「現代はセックスレス?男をその気にさせるテク」(べつにこれが読みたかったわけではない。たまたま開いたページに載っていたのだ)。つまり、夫に素顔を見せるなということらしい。
しかし、私は目をぱちくり。これのどこが“何でもないこと”なのだ?
そこまでしないとその気になってくれない夫だったら、私ならあきらめるね。その代わり、なにかの間違いで彼がムラムラすることがあってもぜったい相手なんかしてやらない。
ただでさえ女性は憩いの場であるわが家にあっても、夫と比べれば段違いの緊張感をキープしているものなのだ。
暑いからといって、風呂上がりに下着姿で部屋をうろうろする妻の話を聞いたことがあるか。テレビのチャンネルを足で変えたり、夫の前でおならやげっぷをしたりする妻がいるか。
「生理現象なんだからしょうがないじゃん」と開き直れるか、直れないか。それが男と女の差なのだ。
夫の目に妻がソファに寝転がってぽけーっとテレビを見ているように映るときでも、彼女は自分を観察する「第三者の目」をなくしてはいない。この姿勢は夫から二重あごに見える角度ではないか、おなかの肉がだらしないことになっていないか、スカートの中が丸見えになっていないかを気にしている。夫や恋人の目を意識する癖がついているのだ。
あなたが男性なら、妻のことを思いながら「今夜はどのトランクスを履こう」と考えたことがあるか。きっとないだろう。引き出しの一番上にあったものを無造作に引っぱりだすのが習慣ではないか。
しかし、女性はそうではない。眠っているあいださえ、夫の視線をまったく意識しないでいられるかというとむずかしい。「昨日すごい寝相してたぞ」「いびきがうるさくて寝られなかった」なんて言われたら、赤面してしまうに違いない。そう考えると、女性がすべてから解放されるのはトイレの中くらいではないか。
どんなにリラックスしていても、彼女は彼女なりの「最後の一線」は守っている。その一線が、夫の望むラインより前にあるか後ろにあるかはともかくとして。
これらは「恥じらい」と呼ばれ、多くの女性は当たり前のようにしてきたことだけれど、考えてみればけっこうしんどい話ではないだろうか。
先日ちょっとした用事でひさびさにスーツを着て出かけたのだが、最寄り駅に向かう途中でもう脱ぎたくなってしまった。なにをって、ストッキングですよ。
気温の高い日にあれを履いたときの肌にはりつく感じ、もっと言えば下半身が蒸れる感じは、脱がせたことしかないであろう男性には想像できまい。これからの時期は本当に憂鬱。「夏も快適。サラサラとした着用感」なんて謳ってあっても、ナイロン素材の通気性や吸汗性なんてたかが知れている。
真夏にジーンズとストッキング、なんて想像しただけでどうにかなりそう。プチ拷問に使えるんじゃないかとさえ思う。
女のおしゃれというのは忍耐の上に成り立っているのだとつくづく思う。
下着やベルトでぎゅうぎゅう体をしめつけ、ファンデーションに日焼け止め、ストッキングにマニキュアに……と体中の皮膚を呼吸困難に陥らせ、足元は外反母趾もなんのその、たとえ小指の爪が消えてなくなろうが、やはり先の尖ったパンプスを履く。
それなのに、夫は、彼は髪を切っても気づかない、新しい服にもコメントなし、ダイエットに成功しても褒めてもくれない。これでは夏だって女心に北風が吹き荒れるというものだ。
ああ、思い出す。海外に行くたび、これでもかというほど浴びせかけられた賛辞のシャワーを……(多少誇張)。
イタリアはよかったなあ。私と友人がちょっと愛嬌を振りまけば、レストランのシェフは大きなピザをごちそうしてくれ、ジェラート屋のお兄さんはアイスをてんこ盛りにしてくれた。ハネムーンで乗った客船では、部屋を一歩出れば“How beautiful!”“Oh,wonderful!”と声がかかり、それこそ名前を言っただけで“So cute !”の世界。おまけにまじめな顔で“Are you twenty?”だって。くっくっ……。
私は声を大にして言いたい。日本の男性はあまりにも「自分の女」に無関心すぎる。壁を見ているみたいな気の抜けた眼差しでなく、妻を、彼女をもう少し観察してほしい。そしてたまにはほめて、ねぎらって。
そのひとことで、私たちのおしゃれダマシイに火がつくんだから。
(追伸)
「うちの奥さんには『最後の一線』なるものが見当たらない!」といったクレームは受け付けておりませんので、あしからず……。

【あとがき】
寝る前まで化粧を落とさないなんてぜったいイヤ〜。私が帰宅するとまっさきにするのは、身に着けているオプションを外していくこと。コンタクトをはずし、髪をおろし、時計や指輪を外し、脱ぐものを脱ぎ、口紅やマニキュアを落とす。その作業を完了してはじめてくつろげる気がします。そうそう、私は結婚指輪も出かけるときにしかつけないタイプです。