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2002年06月06日(木) 命の使い捨て

小学六年生になると同時に、私は放課後の遊び相手を失った。といっても、友達とケンカをしたわけでも、仲間はずれにされたわけでもない。同級生も近所の仲良しも、六年生になるやいなや流行り病にでも罹ったかのようにこぞって塾に通いはじめたからだ。
ひとり取り残された私は公園でひとり小石を蹴りながら、待っても来ない友達を毎日日が暮れるまで待ちつづけた。
なーんてわけがない。「忙しいならしょうがない」とあっさり友達をあきらめた私は近くの裏山に棲んでいる野良犬と遊ぶことにした。
学校帰りに家に寄り、食パンを何枚もポケットにねじこんでは、彼らの待つ山に飛んで行く毎日。地面を掘ってフェンスをくぐり抜け、空き地で追いかけっこをしたり溜め池で水遊びをしたり。
私は狼少女ならぬ「野良犬少女」となって、八匹の仲間たちと裏山を駆け回った。
小さな頃から動物が大好き。小学校にあがると、「将来は獣医になる」と心に決め、ムツゴロウ新聞を購読。その頃放送していた『炎の犬』というドラマも、毎週泣きながら見たものだ。十九年経ったいまでも彼らの名前を全部言えるほど、私は犬の友達ができたことがうれしかった。

愛犬を事故でなくした伯母のところに、新しい犬がやってきた。
なんでも、捨てられた犬や保健所で死を待つばかりの犬を保護して、里親を探すボランティア団体があるそうで、そこへ行ってもらってきたという。
どんな犬も、一緒に暮らすとかわいくなるのはわかっている。先代は知り合いのブリーダーから譲ってもらったが、今回は命をひとつでも救ってあげられたら……と思ったのだそうだ。
さて、話を聞いて驚いたのが、譲り渡しの条件がとても厳しいことだ。
「どの子がいいですか。ハイ、どうぞ」では決してなく、ものすごく突っ込んだ質問をされるのである。マンション住まいでないか、犬を飼った経験はあるか、動物アレルギーを持つ家族はいないか、世話は主に誰がするのか、旅行中はどうするつもりか。また、伯母夫婦は六十代前半のため、「犬は十五年生きます。途中であなたがたになにかあったら、この子の世話は誰に頼むのですか」とまで聞かれたらしい。
加えて、不妊手術完了の領収書と引き換えに預かり金を返還するシステムであること、六月から十一月までフィラリアの薬を飲ませること、三ヵ月後に近況を添えて犬の写真を送ることなど、それはもうたくさんの条件を承諾してやっと譲ってもらえたのだそうだ。
「家庭訪問する場合もありますって言われたけど、あの調子だとほんとに来るかもしれない」
伯母が笑いながら言うのを聞きながら、なんていい話なんだろうと私は胸がいっぱいになった。かわいい盛りの子犬とはいえ、捨てられていたのや保健所から保護してきた雑種犬ばかりである。ボランティアの人たちが「もらい手がつけばありがたい」とばかりに、一匹でも多くもらってもらうことを第一に考えたとしても不思議ではない。でも、「この子は一生大事にしてくれる保障のある人にしか譲れません」というこの頑固さ。
のこぎりで足を切断した犬をリヤカーに乗せ、「治療費のカンパを」と寄付を募り、十匹で百万円を集めた男が逮捕された事件は記憶に新しい。もちろん、そういった動物虐待から守るためでもあろうが、それよりなにより「この子たちに幸せになってほしい」と願う気持ちが痛いほど伝わってくるではないか。
雑種犬をタダでとなると、「もらってあげる」といういささか傲慢な気持ちを持って、こういう譲渡会にやってくる人もいるかもしれない。しかし、ボランティアたちの強い愛情を目の当たりにしたら、そんな気持ちも吹き飛ぶのではないだろうか。

今朝の新聞に、人と動物の共生を訴え、全国で写真展を開いている若いフォトジャーナリストの方の記事が載っていた。
五年前、彼女は線路わきに捨てられた水色のごみ袋を見つけた。近づいてみると、「犬(死)」と書かれた紙が貼ってあり、中を開けると、赤い首輪をした白い犬が横たわっていたという。
飼い主のモラルの低さを痛感した彼女は以来、「動物たちの命に責任を持って」と訴えながら、保健所で殺処分される犬や猫の最後の姿を撮りつづけている。
飽きればポイの消費社会もここまできたのか。ついにペットも使い捨てか。
遠いあの日を思い出す。あの子たちも出会ったときから「お手」が上手だった。
彼女のサイトがここ(「どうぶつたちへのレクイエム」)にあります。あなたにも写真を見て、感じてほしい。

【あとがき】
犬たちとの楽しい生活も長くは続きませんでした。そのうち、あちこちに捕獲器が設置されるようになり、私が彼らと遊び始めて半年もしないうちに、保健所に連れて行かれてしまいました、一匹残らず。保健所に収容された犬たちは四日でガス室に送られるのだそうです。安楽死ではなく窒息死。もがき苦しみながら死んでいくのだそうです。ある動物愛護系のサイトの「里親募集」の掲示板を見たら、今日まで家族の一員として生きてきたはずの、あまりにもたくさんの犬、猫たちが放り出されそうになっていて涙がこぼれました。