| 2005年03月30日(水) |
『スマスマ』特別編 �� |
『希望の家』を訪れる前に、僕はチェンマイにあるいくつものスラム街を見て回った。
『希望の家』の起床時間は5時半。 ゲストルームの下は鶏小屋で、早朝3時から鶏が鳴き始めて眠れなかったとこぼす剛君。 でも、子どもたちは元気だ。 玄関を出ると、すでに外にいた子どもたちが、 「ピーゲン!」と剛君の傍に集まってきた。 ピーゲンとはタイ語で、剛兄さんという意味だ。 走ったり小屋の柱を登ったりする子どもたちに付き合いながら、 「エンジン全開。ついていくのに精一杯だ」 運動神経抜群の彼がいっている。 「元気だなぁ。眠いよ、オレ」 でも顔は爽やかだ。 「太陽が昇っているよ」 子どもが指差す方を見ると、遠くにある木と小屋の屋根の間から太陽が見えた。 薄暗い中に浮かぶ黄色の太陽は静かで美しかった。 この朝の光景はなんて平和なんでしょう。
剛君は最初に仲良しになったピーター君の里帰りに同行する。 同じ郷里のファーサイちゃんという8歳の女の子も一緒だ。 『希望の家』では学校が休みのときには、出来るだけ生まれ故郷に帰すようにしているという。 その理由を寮母のタッサニーさんはこんなふうに説明した。 出来るだけ子どもたちを生まれた村から離したくない。 民族の伝統や文化を忘れて欲しくないから。 二人の子どもは故郷に向かうトラックの中で、 歌を歌ったりゲームをしていつまでもはしゃいでいた。
この旅には僕なりの理由があった。 去年、芸能界とはまったく違った別の世界が開けた。 父と娘の絆を描いたドラマがきっかけで、日本の国連大学で講演することになった。 テーマは『僕が見た日本の子ども』 思い知らされたのは、いいたいことも満足に伝えられない自分。 中学のときから芸能界一筋の草なぎ剛の限界。 今、僕は可能な限り別の世界を見たいと思っている。
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