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| 2005年12月09日(金) |
一緒にしてはいけないものや霊など。 |
「初七日」と「お七夜」。うっかり間違って口にしてしまったと言う人も いるのではないだろうか。いませんか。 「一周忌」を「一周年」、さらには「一周年記念」。 だけど、間違いは誰にでもある。大変バツの悪い間違いではあるが。
昔、友人から電話が掛かって来た。 「A君の三回忌と私の誕生日を一緒にするんだけど来てね」 A君は、今で言うコミケの元祖みたいなのが、実験的に札幌の デパートの屋上で開かれた時、それに参加していた男の子だった。 私も友人がアニメ好きの子が多くて、今で言うコスプレをさせられた(苦笑) 当時から衣装とか、マメに作る子ってのはいたもんだ。 あ、話がそれた。 その時顔見知りになったA君は、それから間もなく亡くなる。 再生不良性貧血と言う病であり、亡くなった時はまだ20になっていなかった筈だ。 顔を知っている程度の間柄だが、あとで話を聞いた時は驚いた。
友人はA君の彼女だったらしい。その頃はもう、とっくに別の彼氏を 連れていたし、突然の電話に私は面食らった。 「彼のお母さんも、賑やかな方が嬉しいって言うから、今の私の彼も連れて 三回忌とパーティを一緒にやる事になったの。だから来て」 やばいっと私は思った。何がやばいかは上手く言えないが途轍もなくやばい。 お母さんの「賑やかな方が嬉しい」は本心であろう。それが判るだけに とんでもない事態であると考えた。が、上手く彼女に説明出来ない。 「だって、A君のお母さんがそれで良いって言ってるんだよ?」 結局私は、一番信頼できる年上の知り合いの助言を受けて、彼女に 「それは決して、一緒にやるべきものではない」みたいな事を告げた。 それが通ったか、或いは他に誘った仲間からひんしゅくを買ったかで 結局、パーティはお流れになったようだ。 当時、私たちは確か二十歳は確実に過ぎていた。 当たり前だが、世の中には 一緒にしてはいけない物がある。
彼女は死と言う物に対しての考え方に、今も昔も独特なものがあるのだった。 共通の親しい人が死んだ時は泣いた。同じくらい泣いた。身を捩って泣いた。 だが、その人の家に戻った時にはすでに欲しいものが決めてあった。 「ずっと欲しかったんだ〜」 死ぬのを待ってたんかいっ。 彼女が欲しかった物は絵の額だった。それは遺族の方が描いた物であり その遺族の方から「手元に戻したい」との意向があった。「残念」と彼女は 言ったものだ。
7回忌を境に、死んだ知り合いのマンションの部屋は引き払われた。 間もなく引き払うと言う日に、私は彼女にそこに呼ばれた。自分一人では 中々足を踏み入れる事が出来ない場所であったので、カギを預かる彼女に 呼んでもらえた事には大層感謝した。 さあそれからが大変で。彼女の実母や夫、弟までが来ていて 「どうせ捨ててしまうんだから家の物を持ち出せるだけ持ち出すのだ」 と言うのである。遺品どころの騒ぎではない。遺品は当にスーツケースに 何個も持って行っているのである。 ソファーを持ち帰れないかと彼女は夫に持ちかけている。ご主人は優しい 人だがこの時は顔が歪んでいた。 「新しい家の部屋一つが、まだ荷も解いてないスーツケースで埋まってるんだぞ」 うめくように言った。 「どうせ捨てるんだから」と彼女の母が言う。 「ソファーも机も、新しい家で使えばいい」と彼女が言う。 「このカセット、まだ使えるからもらうわ」と弟。 「焙煎は何か欲しいものはないの?何でも持ってっていいって親戚の人が」 いりません。とは言うものの、実はこっそり頂いたものがある。 彼女の成人式の写真だ。それはゴミの山に埋もれていた。親族のほとんど いない方だった。私にとっては姉にも等しかったので、いつか息子に 見せたいと思ったのだった。今は引き出しに眠っている。 「写真はゴミだから捨てるよ〜」友人は言った。徹底してる。し過ぎ。
洋服ダンスにまるめたパンストが幾つか。7年も、このままであったのだ。 死にたくないなあと言う思いと、こんなふうに死んでしまいたいと言う 思いが交錯した一瞬であった。
彼女の夫はずっと不機嫌であった。新しい家に、死人となった人の、遺品と 言うには余りにも量の多い持ち物が無造作に増えて行く。 だが、下を向くばかりで何も言えない。私も何も言えなかった。相手は数多いし。
その時の ご主人のお父様が 今年初頭、亡くなっていた事を知った。 彼女とは その遺品の一件以来、年賀状のやり取りくらいしかしていない。 さすがにびびっちゃったんである。 彼女は舅を非常に嫌っていたから、今どんな心境なのか判らないが 「死んだ人の持ち物で部屋が一杯だ」と唸っていたご主人が、その後 どうしているのだろうと考える事はある。 世の中には一緒にしてはいけない物があるし、やっちゃあならん事もある。 そんな事を考える。
彼女と弟は幽霊を見る。同じ場所で同じ幽霊をみた事について語り合って いるのだが、上手に話が噛合うように調節しているのが面白い。 「見えない人は可哀相だね」などと言っている。 私は何も見えないが、今では引き払われたマンションの廊下を歩きながら どうしても振り返ってしまう感じが、当時 ものすごく嫌だった。 知り合いが亡くなる一年ほど前、隣室の若い人がやはり突然死んでいた。 その事を知っていたからだとも思う。 彼女と彼女の弟は、廊下で賑やかに笑いながら荷物の運び出しをしていたので 多分やっぱり本当は、何も見えてないんだろうなあと思うのだ。
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