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| 2005年11月28日(月) |
いつかいってしまう。 |
『100人殺した人をオレが鉄砲で殺せば・・・』
息子が何かの拍子にそんな事を言うので「殺すと言う言葉はやめなさい」 と注意する。う〜ん。家の中では余り使ってないはずなのだが。 でもアニメとかも観てるし。う〜ん。 鉄砲は銃の事だと思うんだけど、何で鉄砲なんだろう?と思う。 「とにかく、殺すと言う言葉は良い言葉じゃない。使うもんじゃない」 頭ごなしに言われた息子、ふくれる。
寝しなに、「Rちゃんが大きくなったらお母さんは死んでるね」と言う。 まあそうかも知れないが、息子に言われるとむかっと来ますね。 「まあ、そうかもしれないけど何で?」 「お母さんは、もう60歳とかだからね」 むむう。悪いか。 「ママちゃん(祖母)も死んでるね。もう66歳だからね」(本当) 言いながら、布団で微妙に半泣きになる息子。
「Rちゃんは死んだら悲しいんだね」 「うん、Mちゃんのお祖母ちゃんは、死んじゃったからね」
そうか、先日お通夜に出席したご近所の方は、息子のクラスメートの お祖母ちゃんでもあったのである。息子とその話を特にはしてなかったが 学校で、友人同士、或いは先生とそんな話をしたのだろう、きっと。
「Rちゃんがいなくなったら困ると思うときは誰もいなくならないよ」 まあた、いい加減な約束を。
私は小学校3年の時、祖父が死んだ。 死体をじっと観察していた事、焼き場でおにぎりを食べた事、頭蓋骨が 中々割れなかった事、そして病院で『学芸会には必ず行くよ』と 言ってくれたのに、来てくれなかったなあと思った事。 2つ違いの弟が祖父の亡くなった日の翌日が誕生日であったため 「オレの誕生日はあ?」と何度も聞いて、母に 「誕生日なんてそれどころじゃないっ」みたいな事で叱られて大泣きした事 初めて大阪(祖父の故郷)の叔父さんに会って『人生ゲーム』を買って もらった事が記憶の全てだ。
息子は布団を被って少し泣いていた。 死ぬと言う意味は、まだ判らないと思うのだが。そうでもないのだろうか。 少しだけ欠けた家に育って、息子なりに頼る者がなくなる不安を 漠然と感じているのだろうか。
「Rちゃんがいて欲しいうちは、大丈夫」 私はもう一度、根拠のない言葉を言ってみた。 そして根拠のない分、説得力のある言葉を加えて見る事にした。
「手稲のお山の病院のお祖母ちゃん、もう93だけどまだ元気だし」
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