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| 2005年10月15日(土) |
マザコン、ファザコン。 |
父は個性の強い人間だ。私は父に 部分的に良く似ている。
私は子育てでも随分、母に世話になっている。 近い親族で、若い頃、命を落とし掛けた人がいた。母親は夢中でそれを 助けたが、その事を一生娘に責められ、母親も娘の言いなりになるという 不幸な話があった。
それを間近に見て来たので「私は絶対、何があっても自分が悪いとは 言わないけどねっ」 と言うのが母の口癖だ。 とは言うものの、結局 日常生活に支障は無いものの、人生の転機には 何かと病であれこれ言われてしまった娘の事を 人一倍不憫と感じている 節がある事が良く判る。 私はずっと、それに甘えて来た。
一方の父であるが、これは自分の事以外は全く興味がない人だ。 「おお〜い焙煎。俺はこの間、面白い検査を受けた。これをこうして こうやるんだ。お前なんかそんな検査、一度も受けた事ないだろう」 25年間 ずっと定期的に受けて続けて来た検査であったので、私は 本気で驚いた。 だが、何も言えないのである。
幼い頃から、父の事が好きだった。父の言う事は間違いがないと思った。 昨日の日記の「志村白鳥」のお父さんではないが、何を言っても 「お父さんは、何でも知ってるなあ」と思っていた。 若い頃の父親の口癖は「あいつらは馬鹿だ」 である。今もそうだが。 特に学校に対する発言が酷かった。 「いいか、焙煎。あんな学校に行くやつは馬鹿だ」 そ〜なのか〜と子供心には思う。小学校低学年だった。ある日、その学校の 出身者に向かってモロに「その学校行く人はバカなんだって」 みたいな事を言ってしまった。 母が慌てて止めたがもう遅い。 後で聞いて、恥ずかしかった。子供心に、もうその人に会いたくないなと思った。 それでも父が間違っているとは、余り思わなかった。
父は自分の子供を褒めない。でも比べる。 『あの子はお前と同じ年なのにお前とは全然・・・』が口癖だ。 『お前は苦労知らずだからなあ』 『ちょっと楽をさせ過ぎたかな』 要するに自分を褒めたいのであろうが、人と比較してまで娘を貶める わけはさっぱり判らない。
小さな会社でやって来たが、いつも隣にバカ扱い出来る人間を置いて 家でもしょっちゅう馬鹿にしていた。
だが、父に失敗らしい失敗はない。私の記憶では。不器用で融通が効かず 無神経な人間なのではあるが、何か非常に強い物を抱えており、今の ところ相変わらず、楽しそうな日々を送っている。
私はずっと『フーテンの寅さん』が嫌いだった。特に初期の。 あの、言いたい放題で周囲を振り回す寅さんの様子は父に良く似ている。
だが、母には優しい人だ。母がいなくなると自分が困るからと言うのが 大きな理由ではあるまいかと思う。二人は、どこにでもいる初老の夫婦だ。
人に対して狭量である事、自分が一番と思いたいと言う気持ちが、常に ある事など、私は父に良く似ている。だが、いつもはっきり言えず 人にはむしろ馬鹿にされがちだ。特に、自分が近くにいて欲しいと望んだ人に。
皮肉な事に、私の立場が浮上する事になったのは 自分から何か主張した からではなく、子供を産んだからだ。 同じ姓を継ぐ孫の母となった事で 父のあたりは 随分と柔らかくなった。私が泣いたりしたら、孫が本気で 自分を嫌うだろうと思うと怖くて何も出来ないらしい。 何だかいつの時代の話だろうという感じである。
「あのさあ、生まれ変わったら」 ある日、母に言った。 「私はもう、お父さんの娘には生まれたくないよ」 そんな事を言うもんじゃないと 母は言わなかった。 変わりに 「私も結婚するなら、今度は絶対に別の人がいいんだけど」
母に関しては、それは贅沢と言うもんだと思った。
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