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『優柔不断』な人がいる。 何を聞いても、まず「ええと、どっちでもいいよ」と答える。 「私決められないから、あなたが決めて」と言う。 私がそうである。『優柔不断』の典型だ。
『優柔不断』の人は「実はどっちでもいい」と考えている。 他の優柔不断の人に叱られそうだが、自分に関して言うなら、物事を余り 真剣に考えていない。 だが全ての物事のに対してそうかと言うと、やはり 自分にとって本当に大事と思われる事については『ゆっくり考える』。 決められない事が多いが、決められる事もあるので、決めた時は案外 人には相談しなかったりする。 「でもそれって、こっちの方がいいんじゃないの?」と言われると また「?????」となってしまうからだ。とほほ。 大勢の中、ちょっと遅れて歩いている人がいる。『優柔不断』な人だ。 「先に歩く人が行く道を決める」となるのが、いやなんである。
あくまで自分の経験だけれど、『優柔不断』は異性にはポイントとしては 大変低く映るらしい。 イラつくんだろうね。 実際男性は 自分が何でも 決めているような顔をして、その実 決まっている所に収まっているのが 好きなのではないかと、ヤッカミ半分だが思う事がある。
『優柔不断』。その全く逆なケースがあると言うのを知ったのはここ数年の事だ。 「決められない」が口癖なので初めはお仲間かと思ってしまったが、どうも違う。 彼女は常に 多くの情報を集め、プールしてある。情報収集にはとても熱心だ。 驚くほどの情報量を持っていて、更に尋ねて来る。漏れ聞いた話に、こちらが 混乱してしまうほどだ。 「困った。決められない。ねえ、どう思います?」 「いや〜、どっちでも」と人に言うわけには行かないので 「ええと、これがいいと思うかも」と答えてみる。 「・・・そうですか」 あれ?
つまりはこれを延々とやっているのだ。『優柔不断』な人は「ホントもう どうでもいいっす」と言うのが必ずあると思うのだが(どうでしょう?) それが全くない。 どうも全てを 自身が納得するように決めないと駄目らしい。
『優柔不断』な人は、普段なるべくこっそりしている。 自分が決めなきゃならない立場に追い込まれたら大変だからだ。役員などは 泣くほどやりたくないが、やらない理由を追求されてもはっきり言えないので 泣きながらでもやる。
『優柔不断』と似て非なる人は、そう言う時は ものすごくはっきり断る。 義理とかに余り縛られない、ドライな一面を持っている。 見るからにウェットな優柔不断の文字。 だから異性ポイントが低いのか? 自分で一番良いと思う物を 自分のペースを確実に崩さず自分で選ぶ。 選択するのは自分だが、他人の選択もあくまで情報として彼女の中には置かれて いるのだろう。彼女にとって間違わない機械が 答えを弾き出すまでの沈黙 それが彼女を『優柔不断』に 見せているのかも知れないなどと考える。
もっとも、今話しているような人は私の知る限り、そうはいないと思う。 『優柔不断』なお仲間と、それを誘導してくれる心強いお母さん達なら 何となく いつも周囲にいるのだが。
初めて彼女と出会った時、彼女が言っていた事を今では面白く思い出す。 「主人も、姑も何でも私に聞くんです。 姑は自分の息子なんだから 主人に直接言えばいいのに、何でも私に言うんです。私にどうしろって 言うんでしょうね?」 てっきり彼女を『優柔不断』な人と思っていた私は「そりゃ気の毒な話だ〜」と その時は考えた。 今にして思えば、姑さんは、最終的に全てを把握し、自分で決めないと駄目 と言う彼女の性格を充分、理解していたのだろう。ご主人にしろそうだ。
良き理解者に恵まれ、幸せな事だと思うのだが、彼女はいつでも口を尖らせ 「どう思います?決められないんです。それもそうなんですけど、でも・・・」 をやっている。
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