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S君は近所の札付きであったと言う。小学生を脅し、金品を盗る。必ず 自分より幼い者を狙ったと言う。小さな子相手に全く容赦をしなかったので 周辺ではかなり問題視されていた。学校へはほとんど通っていなかった。 仲間はおらず、ひとりであり、シンナーの常習者だったと言う。
彼は布団の中で死んでいた。 布団を頭から被り、中でシンナーを吸っていた のだ。私は経験がないので聞いた話しだが、シンナーをやる時に布団に潜る事 は普通しないと言う。 死ぬからだ。 だが、より強い酩酊感を求めたり、酩酊のため混乱して被ってしまう事も ないとは言えない。 とにかく彼は事故死と言う事になったはずだ。 だが、あれは自殺だったのだと、大人たちは噂していた。 今から25年近く前の、話である。
私はS君と小学校時代から遊んでいた。彼は私より3歳ほど年下で私は彼の事が 大嫌いであった。弟と仲良くしたがるのだが、ちょっとでも「今、弟は遊べないよ」 とでも言うと、思いっきり舌を出してくるんである。『焙煎の馬鹿たれ』とか 3つ下の男の子に言われた日には実に腹が立つ。
私達は間もなく、S君の家の近所から引っ越した。 何年か経ち、高校生になった私は、ある日 むしょうに子供の頃遊んだ家が 懐かしくなり、一人で訪ねた。その時偶然、S君に遭ってしまった。 何も知らない私は大人げ無い事に「ちっ、こいつかよ」見たいな気分であったが (本当に大人気ないですね)彼は直ぐに私だと気が付き、足を止めて丁寧に 頭を下げた。これには驚いた。『良い子になったじゃ〜ん、ちょっと可愛いし』 その時の感想は、正直言ってこれだけである。とほほ。
「S君が死んだって」 電話を受け取った母がそう言った時も「え?元気だったよ?」と答えた。 私が会ってから、本当に直ぐの事であったのだ。 髪は脱色して茶色だったし、何より痩せていた。それは気が付いていた。 だが子供を脅している何て知らなかったから、シンナーをやっているなんて 知らなかったら、悔しいけどちょっとハンサムになったなと思った気持ちと 丁寧なお辞儀と、照れくさそうな、その笑い顔だけが記憶に残っている。
彼は家庭に複雑な事情を抱えていた。 我が家の家庭事情も、まあ複雑と言えば複雑なんであるが、もっとずっと S君にかかる負担は大きかったのではないかと思われる。 S君の様子を見かねた母親は郷里のA県にある、母の実家に暮らすように S君に勧めたと言う。S君は「判った」と答えたと言うのだが、その矢先 事故は起きた。
S君は深い割れ目に落ち込んだような子供だ。 誰も悪くはないのだが、それぞれがそれぞれの幸せを手にしようと必死に なった時、そこに『罪のない人が作った割れ目』が出来てしまう事がある。 S君はそこに落ちた。それが判ったのは、ずっとずっと、私が大人になって からであり、『割れ目』の出来るわけを 知ってしまってからである。
S君は断っても断っても、我が家の郵便受けから目を出してのぞき、お気に入りの 私の弟が家から出て来るまでずっと待っていた。 私にはその様子が、気味悪く思えた。
他人に過剰に求める子供は孤独だ。今なら時間が掛っても気が付いてやる 事は出来る。 だが、他に出来る事は結局余りない。 子供は自分の傍に広がって行く『割れ目』に敏感なのだ。 『割れ目』に落としてはならない。だが、そう気遣ってやれるのは精々自分の子が 精一杯と言うのが、偉そうに語っている割に情けない事だが実情だ。
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