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2005年07月14日(木) 天国は ない。


寝しなの語りついでに息子に言ってしまう。
「天国は本当はない。残された人が余りに悲しいから作った場所」
みたいな事を。 あちゃちゃちゃちゃって感じだ。
金魚のシンゴを埋葬したのが10日ほど前。
「天国でポンポン(奥さん)を待ってるんだね」 とか話したばっかり。
サンタクロースの事でさえ、今年の年末に話すと家族で相談しあって
決めているので、フライングは禁止だと言うのに。
何となく言っちゃった。ああ〜しまったと思った時にはもう遅い。
「天国はあるんだ。うわああん」
泣くほどの事か?事であるらしい。

自分はどうであったろうか。天国を信じていたろうか。
祖父ちゃんが死んだのが小学校3年の時、安置している部屋で私は遺体観察
していた。祖父の事は大好きだった。だが病気で死んだといわれれば
「そうかな」と思える年になっていた。死んだら動かない。これも判った。
だが、死体が乾き易いと言う事と、水分の多い所が特に早く乾くと言う事は
この時知った。私は祖父の まぶたと目ばかりを見ていたのである。

母の実家は代々熱心な日蓮宗で 坊さんがしょっちゅう出入りしていた。
死んだら仏さんの所へ行くと私は教えられていたのだった。

死んだら天国、判りやすい。今は必要だ。判ってる。失敗した。大失敗だ。
死ねば何であれ取り敢えず天国へ行けると安易に思って欲しくなかった。
だが自ずと気付くまで放って置くべきだった。

今日の夜。やはり気になったと見えて 息子がおずおず尋ねて来た。
「お母さん、天国って本当は あるんだよね?」
「あります」
「そうか」 一応セーフか?

「天国の頭の輪は何で出来てるの?」
頭の輪? ああ〜天使の。 死んだらみんなアレを付けるのか?でもいいや、もう。
電球じゃないの?」(←投げやり)
「違う、あれはお月様の半分だ」
「・・・Rちゃんさあ、ポエマーだねっ」(←皮肉)

一緒に暮らしてた祖母(息子には曾祖母)が多分 余り永くない。
94歳、身体の自由は利かないが 頭が妙にしっかりして来て、見舞いに行くと
30年前に逝った夫の、余りの迎えの遅さに不満を漏らす。
自分の命日を大体決めて、年忌のやり方まで決めて、じっと待っている。

鳥と人を一緒にするのもどうかと思うが、愛鳥オーちゃんも11才。
人間にすれば結構なじーさんで、明日が無くても誰に文句も言えない。
「土に還っていなくなった」 では心の拠り所が無さ過ぎる。
そもそも、だから天国があるんじゃないか・・・。







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