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2005年06月29日(水) 冴えない。


2〜3日前、ジェンダーの話を書いたけれど、そう言えば私も子供時代
ちょっと苦労した事があったのを思い出した。

女の子ならお人形さんごっこ

何でよ、とはその時は具体的には思わなかったが、とにかく周囲がみんな
やっているから 汗をかきながら参加していた思い出がある。
「焙煎ちゃんお買い物に行きましょうよ」
「・・・行こう行こう・・・・・・」
小学5年生。年食い過ぎ。でも 更に年かさの子で中学2年生。
「ほら、赤ちゃん。ミルクですよ〜」
うちのクラスでは中3の時に、出産で一年休学してた子が編入されて来て
いたから、そろそろリアルで授乳可能なお年頃だったのだが。

全てのリカち○んを全裸にして放り投げておくと言う態度が不評だった子供時代。
自分が着替えるのも面倒なのに、何ゆえ人形を・・・って将来の事を考えて
やっておくべきだったのかも知れないけど 当時は4つか5つだもんね。

東京で1年仕事をして来た父が 土産を携えて帰って来た。私は6歳だった。
父の頭が、何があったか驚くほど薄くなっていたのを鮮明に憶えている。
父の土産は 私には人形、2つ下の弟には 宇宙ゴマと呼ばれていた玩具だった。
中に電池が入っていて、かなり狭いところでも バランスを取ってクルクル回る。
案の定、弟は上手く遊べない。 ど〜れ私が遊んでやろう。
「あんたは女の子だから 人形があるでしょう」
なに〜っ!

当然の事ながら虫採りや三角野球(当時子供らの間であった変則野球遊び)
には積極的に参加したが、悲しい事に 私は特別、運動神経が良いわけでも
無かった。「ミルクですよ〜」の子の方が 上手かったりするから皮肉だ。
多分私は、今もそうだが冴えない子供であったのだろう。

家に戻るとステレオの前に座り、ずっとヘッドホンでレコードを聴いていた。
洋楽ばかりであったので 当然意味は判らない。 大人になった従兄弟に 原語の
歌詞が書いてある紙を持って行って「意味を教えて」とせがんだ事もあった。
今思えば 気の毒な事をした。従兄弟に。

その頃聴いていたレコードに入っていた曲で、大好きだった物を 最近急に
聴きたくなって探していたのだが 見付けた。
ザ・バーズのR・マッギン『イージーライダーのバラード』
他にも『北京の55日』とか『遥かなるアラモ』とか、今思えば映画音楽全集
が 家にあったと言う事なんだなあ。

明日でも息子と聴くつもりだけれど、う〜ん今聴いても何かこう、わくわくする。
どっか遠くへ、ずっと遠くへ行きたくなってしまう。息子も連れて。

だが私は運転が下手糞であり、息子は乗り物酔いをするのだった。
なんと冴えない親子だろうか・・・。






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