もうちゃ箱主人の日記
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前回の書き込み(13日)後、 何人かの方からありがたいメールを頂いたりしましたが 私の書き方が悪かったのか かんちがいされている方もいらっしゃるので 再度確認しておくと
「太宰の命日と桜桃忌とは異なります。 命日は6月13日だが、 行事としての<桜桃忌>は 彼の誕生日である6月19日に行われます。」
なぜ、誕生日が桜桃忌なんだ!といわれても困ります。… (^^;) 太宰が入水したのは13日深夜で、検死報告による死亡日は その13日なんだそうです。 遺体が発見された19日は、たまたま誕生日当日だったとか。
太宰を偲ぶ桜桃忌を、いわば、しゃれで 誕生日で遺体の揚がった19日に行ったのが習慣になった …らしい。 (受け売りですから責任は持てません…… (^^;))
さて、太宰の初版本を何冊か持っているが これは、神保町の田村書店に 西脇順三郎の詩集を買いに行った時 目に入った。
西脇の詩集に比べると、ずいぶん安かったので つい、ふらふら〜と、 衝動買いしてしまったもの。(笑) (『桜桃』の表紙や口絵の絵の赤色が退色して なんともいえぬ「味わい」が出ている 因みに、『桜桃』の中味は、まだ読んでいない… (^^;))
かように 私は、太宰の熱心な読者ではない。 ここが私の、へそ曲がりなところだが 高校時代、熱心に読んだのは、太宰の小説 …ではなく 奥野健男の『太宰治論』!! (笑)
「ぼくたちは太宰を好きといっていいのです。…」(注 参照!)
という調子の 当時一世を風靡した?「ぼく …です。」の清新な文体に、 すっかりまいっちまいました。(笑)
40年前の当時でも 太宰を好きなどというと、 文学好きの仲間には 「あんな下らないのを!」と 白い眼でみられるような風潮があった。… (^^;) (当時の多くは、若き日の 大江健三郎に、イカれていた)
上の文章は 今でも、暗誦しているぞ! こう書いていると、懐かしさがこみあげる。 若いねぇ (笑)
♪ 若かったあのころ なにもこわくなかった…
(関係ないけど 奥野健男の父上の奥野健一氏は 当時保守派で占められていた最高裁の中で 八海事件無罪判決や砂川事件判決での少数意見などで 「ハト派」と呼ばれていた最高裁判事だった。^o^) *後注: この下書きを書いたあと、気になって 図書館に行って奥野の本を確かめたら
「ぼくたちは太宰が好きなら好きと真向から叫んでいいのです。…」
(『奥野健男 作家論集 第1巻』泰流社 S52年、9頁)
と、なっていた。 本来訂正すべきところだが、記憶の懐かしさもあり 併記させていただきます。(ペコリ)
もうちゃ箱主人
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