もうちゃ箱主人の日記
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2008年06月18日(水) 桜桃忌の前日に…

前回の書き込み(13日)後、
何人かの方からありがたいメールを頂いたりしましたが
私の書き方が悪かったのか
かんちがいされている方もいらっしゃるので
再度確認しておくと

「太宰の命日と桜桃忌とは異なります。
 命日は6月13日だが、
 行事としての<桜桃忌>は
 彼の誕生日である6月19日に行われます。」


なぜ、誕生日が桜桃忌なんだ!といわれても困ります。… (^^;)
太宰が入水したのは13日深夜で、検死報告による死亡日は
 その13日なんだそうです。
遺体が発見された19日は、たまたま誕生日当日だったとか。

太宰を偲ぶ桜桃忌を、いわば、しゃれで
 誕生日で遺体の揚がった19日に行ったのが習慣になった
    …らしい。
  (受け売りですから責任は持てません…… (^^;))


さて、太宰の初版本を何冊か持っているが
これは、神保町の田村書店に
西脇順三郎の詩集を買いに行った時
目に入った。

西脇の詩集に比べると、ずいぶん安かったので
つい、ふらふら〜と、
衝動買いしてしまったもの。(笑)
(『桜桃』の表紙や口絵の絵の赤色が退色して
  なんともいえぬ「味わい」が出ている
   因みに、『桜桃』の中味は、まだ読んでいない… (^^;))

かように
私は、太宰の熱心な読者ではない。
ここが私の、へそ曲がりなところだが
高校時代、熱心に読んだのは、太宰の小説
 …ではなく
奥野健男の『太宰治論』!!  (笑)

「ぼくたちは太宰を好きといっていいのです。…」(注 参照!)

という調子の
当時一世を風靡した?「ぼく …です。」の清新な文体に、
すっかりまいっちまいました。(笑)

 40年前の当時でも
 太宰を好きなどというと、
 文学好きの仲間には
 「あんな下らないのを!」と
 白い眼でみられるような風潮があった。… (^^;)
  (当時の多くは、若き日の 大江健三郎に、イカれていた)

上の文章は
今でも、暗誦しているぞ!
 こう書いていると、懐かしさがこみあげる。
   若いねぇ (笑)

 ♪ 若かったあのころ
   なにもこわくなかった…




    (関係ないけど
     奥野健男の父上の奥野健一氏は
     当時保守派で占められていた最高裁の中で
     八海事件無罪判決や砂川事件判決での少数意見などで
     「ハト派」と呼ばれていた最高裁判事だった。^o^)
 
*後注:
この下書きを書いたあと、気になって
図書館に行って奥野の本を確かめたら

「ぼくたちは太宰が好きなら好きと真向から叫んでいいのです。…」

 (『奥野健男 作家論集 第1巻』泰流社 S52年、9頁)

と、なっていた。
本来訂正すべきところだが、記憶の懐かしさもあり
併記させていただきます。(ペコリ)


もうちゃ箱主人