せらび
c'est la vie
目次昨日翌日
みぃ


2006年04月17日(月) 南の島へ 後編

翌日もまた朝飯に呼ばれて、そこで漸く今度はダンナの母上と妹さんとも一緒になる。

ここん家はどうやら、四十過ぎても嫁のアテが無かった「男やもめ」と、間も無く四十になろうという「嫁き遅れキャリア娘」と、夫を亡くしてひとり気ままな、「派手好きな買い物好きな元駐妻」という構成らしい。

思った通り、「紺屋の白袴」である。自分から気を回したり主張などしなくても、周りの女どもがあれやこれやと世話を焼いてしまうから、いい年をして碌すっぽ口も利かず、周囲に気も使えず、我儘一杯に育てられたいい「お坊ちゃん」の様である。やれやれ。


この日は友人のご両親と一緒に観光する事になっており、ワタシが予てより行きたいと思っていたのと彼らのご希望とが一致したので、ある観光名所を訪ねる事にした。

ワタシの常で、つい相手の体調などへの配慮をすっかり忘れて、暑い中高齢者を彼方此方連れ回してしまったのは拙かったと後で思ったのだが、彼らは大変喜んでくれた様子なので、とりあえず良かった。


昼飯の段になってこの婿さんの話になったのだが、ご両親とも一様に心配されているご様子で、ワタシもなにやら自分の一人娘を嫁にでもやるような心持ちになって、一緒になってうな垂れてしまった。

「まだ数時間の付き合いでしかないワタシがこんな事を言うのは難ですが」と前置きして、まるで「紺屋の白袴」、明らかに「営業向き」では無い感じ、これでは彼女が一々気を使ってやらないと話が先へ進まないようで、本来「婿養子」を貰う筈なのに、まるで苦労をする為に「嫁に行く」ような格好で、何ともお気の毒、などと、今にして思えば言い難い事を随分はっきりと言ってしまった。

ところが、実はご両親も同様の心配をされていたらしく、「気の所為」だと振り払おうとしていた懸念はやはり気の所為では無かったのだと、ワタシの発言で明らかになった模様で、意見の一致を見たワタシたちは更にうな垂れる羽目になる。飯の拙かった事。


ちなみにそれは、「ハイナン・チキン・ライス」と言って、鶏のスープで煮たご飯の上に鶏を切って載せたのと、その出汁で作ったスープを添えた、本来の鶏の旨味を充分に味わえる、中国南部の料理である。本当なら美味いものなので、皆様にもお勧めである。


更にお母様とは「母親がナース」という点でも一致し、「あの人々」は子供の教育に金や努力を惜しまない人種である、という点で意見も一致する。

またお父様は、親しい釣り仲間のひとりが「南方帰り」だとかで、この観光地を訪れるのを心待ちにしていらっしゃったとか。「連れて来てくれてどうもありがとう」と何度もお礼をおっしゃるので、「いえワタシの方こそ、不慣れな土地で自分まで迷ったりしながらの、頼りないガイドで済みません」などと恐縮する始末であった。


いや、本当に、本来ならこういう市内観光などは、既に当地を何度も訪れていて土地勘があり、また言葉も不自由しない「婿養子」であるお坊ちゃんが手配する筈だろうと思うのだが、どうだろう。生憎そういう次第で、そういう気遣いなどする気がハナから無いご様子のお坊ちゃんなので、致し方無くワタシがそれを買って出たような形になったのだが。

だって、「婿養子」って、そういうものでしょう?「今回は、お義父さんとお義母さんのお供をして、何処へでもお好きなところへお連れしますよ!」と言うべきでしょう?

ここん家はご商売をやっているから、尚更そういう気遣いだの配慮だのに五月蠅いお家なのである。

だから一人娘の彼女にもそういう躾はすっかり行き届いていて、だからここ数週間でまぁみるみる痩せ細ってしまったそうで、全くお母様は嘆いておられましたよ。ワタシが開口一番「痩せたねぇ!」と言ったのにも、お母様はただ黙って頷いて、全くお気の毒な人々である。ダンナ、気付いてねぇんだろうな、きっと。

しかも、今回の渡航費用(全員ビジネスクラス)から超豪華ホテル(全員スイートルーム)の滞在費、それに東京での豪華披露宴の一切合財に今建設中の新居マンション購入に当たっても、全てはこのお義父さんとお義母さんから出ているのだから、それを考えたらせめて「気」くらい使ってもバチは当たらないと思うけど?


というような有様なので、嫁さんはまぁホントに気苦労が多くて、せめて愚痴くらいは溢して頂戴なと、ワタシは出来る限り励ましながらも、何とか上手い具合にダンナにプレッシャーを掛けようと試みてはみるのだけれど、いやはや四十過ぎまでそうして育って来てしまったお坊ちゃまには、中々歯が立たないのであった。無念。


二日目の夜は、先方のご家族も一緒に、近所の寿司屋でご馳走になる。

そこでワタシと嫁さんのお母様とは、既に昼間、互いの腹の内を喋り合った仲なので、飛ばし始める。

いや、日本酒がワイングラスで出て来てしまったのが、いけないのである。あれはちびりちびりとやるのが、本来である。

そこへ、ダンナの妹さんと母上も加わって、飛ばす。どうやらここん家の女衆は、酒が強いらしい。

その後場所を変えて、彼らの滞在先のバアへ向かい、今度はカクテルで飛ばす。ここん家のカクテルはアルコール度が強いので、気をつけなけりゃならないと分かっていたのに、つい釣られて飛ばす。

あんまり楽しく盛り上がったので、ワタシは妹さんを引っ張り出して、今度はワタシの滞在先の部屋でビールを飲む。

多分そこでワタシは、「あのダンナ、ホントに大丈夫か?」と兄さんの悪口を言ったように思う。実は、その辺りから記憶が飛んでいるので、定かで無いのだが、妹さんも同意していたように思う。「アイツはいつもああなんだよね」というような事を言っていたような気がするが、何しろ定かでない。

遅いから泊まって行けと行った筈なのだが、「アンタ酔っ払いだから帰る」と言って、妹さんは夜更けに帰って行った。


(つまり、ワタシたちは皆心配し過ぎて、結婚式前夜に呑んだくれてしまったのである。と言い訳をしておく。)



朝、予定より数時間早く、目が覚める。トイレに立ったら、頭がぐらぐらする。

大事な結婚式の当日に、なんという事だろう。

薬を飲んだ方が良かろうかと思案していると、嫁さんから電話が入る。お母様の具合が悪いので、昼の髪結いの予約を交換して、先にやってくれないかと言う。お安い御用だと答えつつ、自分は辿り着けるだろうかと少々不安になる。

一先ず薬を飲んで休むが、シャワーを浴びようと思うのに身体が言う事を聞かないので、もう一錠飲んでみる。相当重症の二日酔いである。

漸くシャワーを済ませ、珈琲を入れて、無理矢理予約の時間に走る。髪結いには、「みっともない話だが二日酔いで苦しいので、ワタシ同様マダムにもお手柔らかに」と伝える。

出来るだけ簡単に済ませて貰って、それからマダムの様子を見にホテルの部屋へ向かうと、薬が効いたのか、マダムはけろっとして現れる。「貴方も吐いた方が良いわよ」とおっしゃる。そうですね。

とりあえず、嫁さんが支度中の部屋へ向かう。「嫁さん用の髪結い・メイクアップ」というのは、実際何時間も掛かるものらしい。こんな大事な日に二日酔いで済まない、と詫びながら、しかしここでは吐けないなぁと案じる。

そのうち髪結いを終了したマダムがやって来て、「だったらうちへ来て吐いたら?」と言うので、お言葉に甘えて彼らの部屋へ移動する。お父様が着替えの最中だったのだが、バスルームを拝借する。用を足すと、なにやら打って変わってすっきりとする。何だ、さっさと吐いてしまえば良かったのだ。


「いよいよですね」などと言いながら、「いざという時の為に、クリネックスはここにこうして入ってますから、パパ、何時でも準備は良いですよ」と言うと、「いやぁ、今日は泣かないさ」とお父様は笑う。

このお父様は、この日一日、ビデオカメラとデジタルカメラと普通のフィルムカメラとを駆使して、娘の晴れの姿を一部始終、取りまくっていたのである。

こんなのも?と思うようなシーンまで、「花嫁の父」の目線は、絶え間が無い。

そしてその後姿を見ながら、ワタシはこの親子の親密な関係に、じんわりと涙する。



式は、中庭で執り行われた。

うっすらと「にわか雨」が、降ったり止んだりする。

何故か日本語が流暢な「神父さま」がやって来て、二ヶ国語で式を進める。

これまで何度も聞いた、聖書にある在り来たりな台詞なのだけれど、ワタシはそれを聞いている傍から目がうるうるとして来て、「嗚呼本当に、ワタシも見守るけど、神様なり何なり、何でも良いから、この二人の行く末を、しっかり見守って行ってくださいな」と祈らずにはいられない。

無心論者のワタシは、仕方が無いので、あの島の澄み切った「空」に向かって、そう祈る事にした。

そこには、虹が出ていた。




写真を何枚か撮って貰ったりした後、ワタシたちはお茶を飲みながら(流石に「迎え酒」は苦しいので、シャンペンは遠慮した)、ディナーの時間まで待つ。

大学時代の別の友人が同居している男友達とやって来たので、彼らの「馴れ初め」なども聞く。三ヶ月の予定でこの国にやって来て、正に帰ろうというその丁度「三ヶ月目」に知り合ったという彼らと、この国にもう十何年も暮らしているのに、そういう運命の人には未だ巡り会っていないと思われるワタシ。世の中何かが間違っている。

この学友たちは、それぞれが「社長令嬢」でありながら「玉の輿」にも乗ったようなので、「今度は貴方の番よ」と、皆してワタシを励ましてくれる。そうですね、頑張りますと相槌を打っていると、先方のダンナ母上が、「大学院に行ってまで、そんな事を期待してちゃダメよ!他人のお金なんか当てにしちゃダメ!」と極々「まともに」言うので、そうですねと答えておく。

ちなみに彼女は、元社長秘書室勤務で、社内結婚だったそうである。ワタシに言わせりゃ、結局「嫁さん候補」で雇われた癖に、今更何を言うのだ、というカンジがするのだが、彼女の言うのには一理あるので、一応黙っておく。

しかし、幾ら大学院を出たところで、一般企業に勤めない限り大した収入は貰えないので、「玉の輿」は満更悪い考えでは無いと思う。



この島で唯一「五つの星」を取ったというレストランでの食事は、美味かった。

ワタシにとっては、その日初めての食事でもあったので、がつがつと喰った。



翌日、ワタシは夜の便で島を発つ事になっていたので、手早く荷造りを済ませてチェックアウトをすると、そのまま島の名物料理を試しに出掛ける。

こんな粗末なものは、彼らが一緒では味わう機会が無かったからだが、これの方がワタシの口に合うと見えて、朝からすっかり平らげる。

それから新郎新婦に連絡して、昼飯を一緒に取る事になっている例の別の友人カップルとの待ち合わせ時間などを聞く。ワタシはそれまで、近所の店で名物のジュエリーなどを破格で購入し、待ち合わせに赴く。

案の定余り空腹でなかったので、ワタシはサラダとデザートのみで済ませるが、ここのイタリアンは中々美味いと評判である。

(しかしこの店の真ん前にある寿司屋では、ネタが幾分古そうな上、日本酒がワイングラスで出て来るから、要注意である。)


午後は若夫婦と買い物に出る。

このショッピングセンターには、この正味四日間の滞在中、三回も来た。ニホンジンは買い物が好きである。そしてワタシが三点数千円の買い物にほくそえんでいる脇で、数十万円の買い物を幾つもしてしまう人々である。やはり「玉の輿」にでも乗らない限り、ワタシにはほぼ一生縁の無い店の数々である。

しかもそれは「夫婦揃って」なのだから、未だ始まったばかりのこのふたりの家計が、大いに心配である。



夕方ホテルに戻り、それぞれの家族に挨拶をして、ワタシはいよいよこの島を後にする。

別れ際、友人が泣き出す。

日本での披露宴なら兎も角、こんなところまでお友達が来てくれるとは思いも寄らなかったので、本当に来てくれて嬉しい、両親にも付き合ってくれて、彼らも貴方の事が大変気に入ったようで、それも嬉しい、と言う。

ええ、それにはワタシ側の拠所無い事情もあったのだけれども、しかしそうしてワタシたちの友情のネットワークが世界中に行き届いている事を、先方の家族、特にダンナ本人にはよくよく理解しておいて頂かないとね。彼が貴方を幸せにしなかったら、ワタシたちがいつでもすっ飛んで来て、どうなる事か分からなくってよ。

そう、ワタシはその為に来たようなものなのである。何しろ、来てみたらこのザマなのだから、ワタシは尚更取り止めずに来る事にしておいて本当に良かった、と思ったくらいである。

「結婚披露」というのは、実は大事な事なのだ。人様に知らしめておいて、もし何かあったら、がつんと一発やって貰わなくては。もう後には引けないのだから。



聞けば、彼の方が先に惚れたそうである。「結婚を前提としたお付き合い」を会って間も無く決めたのは、彼の方だそうである。ならば尚更、しっかりして貰わなくては。



帰宅したら真っ先に、大学時代の仲良しグループの友人らにメールして、「もし彼女に何か合ったら、日本にいる皆さんで是非力になってやってくれろ」とお願いする事にする。


宵闇の空港は、だだっ広くて何も見えなかった。


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