せらび
c'est la vie
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みぃ


2006年03月14日(火) 満月の夜に若気の至りを思う

何やら妙にでかいまん丸の、満月の夜である。


実はmixiで持っているもうひとつの日記に、書かずにいられずについ書いてしまった一件がある。

そこの日記はオープンにしていて、書かれている当人が見に来てしまう可能性があるので、更にそこでは面が割れているので、ひとまず英語で書いておいた(余り足しになっていない気もするが)。

しかしここは知られていないので、堂々と日本語で書く事にする。いひひ。



昔々、「花も恥じらう、うら若き乙女」であるワタシが正真正銘にもっと若かった頃、ある一定期間「お付き合い」していたオトコノコがいた。

とは言っても、なにしろ中学生のやる事なので「お付き合い」と言う程大層な事はしていないのだが、兎も角ワタシとそのひとつ年上のオトコノコとは一応「恋人同士」という事で周知の関係にあった、の意である。

(しかし彼については特に「惚れた・腫れた」というより、どちらかというとひとつ上の先輩らからそれ以上シメられない為の「保身的要素」が計算にあった事は否めない。何だか物騒な時代でしたね。うふふ。)

笑いを堪えて話を進める。

彼是二十年以上音信を経っていたので、彼が一体どのような大人の男になったのかを知る由も無く、ワタシは異国の地で平和に暮らしていた。

ところがある日、当時のクラブ活動時代の友人を通じて、その部活のOB会(というとまるで男しかいなかったみたいで嫌な言い方だけれど)のウェブサイトが出来たという知らせを受けて、ワタシはそこへ覗きに行ってみる事にする。そこでワタシは、そのOB会の「同窓会」という名の、要するに「多世代飲み会」が執り行われたらしい、という事実を知る。

そのサイトは「関係者以外立ち入り禁止」という事になっているので、その中での会話に参加するとか「同窓会」時の写真やビデオを閲覧するなどの為には、管理人であるその「かつてのボオイフレンド氏」の許可を得なければならなかった。

許可を得る為「お願いメール」を打つと、暫くしてパスワードなどの情報が送られて来て、入場する事が出来た。

お陰でワタシはそこで公開されている写真やビデオなどを目にしたのだが、寄る年波の所為か、面識がある筈の多くの人々について、「一体これは誰?」というように、当時の面影の全く無い人々もいて、大変驚いた。

しかしもっと驚いたのは、そこでビデオカメラを回していると思われる人物(つまり「かつてのボオイフレンド氏」の事だが)の口の利き方だとか奴が付けたと思われる「ビデオ・アルバム」編集時のコメントに対してであった。

それは一寸失礼な物言いが多かった。

またビデオ撮影時にコメントを求められている相手(これは多くが彼の先輩たちなのだが)が、困惑したり気を悪くしたりしている様子が手に取るように分かるのである。あんまり非常識なので、聞いている此方も恥ずかしくなるような有様である。

人々の心理状況をあからさまに露呈するこの「ビデオ」というものについて、ワタシは感心すると同時に、一寸背筋が寒くなったものである。


また昔の男というものは、同窓会などで数年後に会った折、「むむ、やはりあの時別れないでおれば今頃…!」だとか、そこまで行かなくとも、「まぁいい年の取り方をしていて、良かったこと」などと気分良くおれるので、出来れば「いい男」に成長しておいて貰いたいものである。

しかし逆に「男を下げている」場合では、向こうさんがお気の毒なのは勿論だが、此方も見る目の無い女だったという事実に打ちひしがれる羽目になるので、互いに不幸である。

若かったとは言え、これは痛い。



ところでその「入場許可」の序でに、彼から個人的なメールが送られて来た。

そこには、近況報告と思われるものが何故か「箇条書き」で、長々と書かれていた。

ワタシは一応昔のよしみで、簡単に返事を書いてやる事にした。


しかし実際問題として、二十年以上連絡を取り合っていない人とのメールは、ワタシにとっては真っ赤な他人に対するそれとほぼ同様である。

何しろ相手がどういう人物になっているのか皆目見当が付かないのだから、ある程度他人行儀な挨拶のようなものも必要だろうし、また余り個人的に突っ込んだ内容には触れない方が賢明かも知れない、などと思う。

しかし彼のメールは、此方が聞かぬうちから相当に個人的な話を暴露してくれていた。それはつまり、ワタシも同様の内容を暴露する事を求められている、と解釈すべきかしら。でもワタシ、貴方の事は良く知らないのに。


暫し葛藤が続くも、ワタシは意を決して、当たり障りの無い点に付いてのみ大雑把に伝える事にした。

すると忽ち返事がやって来た。

ワタシを驚かせたのには、彼の返事の内容はすっかり「大きな勘違い」に満ち満ちていた点である。

つまり、ワタシの返答から拡大解釈して、勝手に「自分ワールド」の基準でワタシの今の暮らし振りなどを彼是と語っているのである。

想像力が逞しいと言ってしまえばそれまでなのだが、例えばその言葉遣いなどが非常に横柄で、如何にも昔からの知り合いでしかもあちらの方がひとつ年上であるから許されるとでも思っているかのような、人を小馬鹿にしたところもあったので、ワタシはその「暴走振り」に驚かされた。

(ちなみに彼は、車両を用いて「集団で暴走する人々」とは、一切無関係である。)

更にワタシが吃驚したのは、いい年をして彼は「ボウイ」というその昔はやったロックバンドの「コピーバンド」を(今更)やっているという点である。確かに「それ」が大昔流行っていた事はワタシも承知しているが、未だに日本で大人気かどうかという点については、不明である。

しかも当時間も無く生まれる予定だった(後妻との間の)長男には、そのバンドのヴォーカリストの名前を頂いて「京介」と名付ける予定、との事であった。明らかに「それ」には相当入れ込んでいるらしいところが、また気味が悪い。

こんな親の元に生まれる子供を少々気の毒に思うと同時に、こんなのが自分のダンナじゃなくて本当に良かった、と若かりし頃に少なくとも「取り返しの付かない間違い」は犯さなかった自分に、安堵する。

そして更にもっと驚いた事には、その「OB会サイト」や彼自身のウェブサイトにある彼の写真を見ると、どれも真っ黒なサングラスをして前髪を長く垂れ流し、斜(はす)に構えて、集合写真でひとりポーズを取る不気味な彼の姿が映っているのである。

間も無く四十になるというのに、一体何をしているのだ。

これでも彼は一応音楽一家に生まれ、音楽大学付属高校から大学への一貫した英才教育を受けた筈の「お坊ちゃま」なのである。

それが何時の間にやら、折角入れて貰った音大を中途退学するという親不孝をして、何故か「コンピューター・エンジニア」の道に入り、彼曰く「色々な偉いさんとも付き合った」のち起業に至る。前妻は「お前(←ワタシの事)みたいに」非日本文化に慣れてしまっていたから、「ガイジンとも沢山交友した」のだが、そうした非日本性が「最終的には離婚の原因になった」のだそうである。

と八つ当たり的に当時の様子を語られるワタシには罪は無い筈なのだが。不可解である。


それらの写真を眺めながら、つくづく、ワタシはこの人物とは知り合いだとすら思われたくない、と思うのであった。


その後、その「勘違いメール」の勘違いを解くべく、ワタシは解説を加えるなどの努力を試みるが、しかし彼は更なる勘違いを重ねる。

そのうち、ワタシが「新たな職探しを始めるところだ」と言ったのを「昔より綺麗になっていたら俺の会社で使ってやってもいいぜ 笑」などと、ビジネスの話の最中に突然「男尊女卑的冗談」をかまして平気でいるという、セクシャル・ハラスメントの自覚が無い人に有りがちな無神経振りを発揮する。

それは忽ちワタシの不信感を煽り、そこへ彼が長々と言い訳を延べ立てて却って墓穴を掘り、更に面倒な拗れ方をする。

最終的には「もうメールは結構ですので、お元気で」と言って以降、ワタシは返事をしないまま、それきりになってしまうのである。


という長い前振りの後、話は最近になって同僚の紹介でmixiというのに仲間入りしたというところへ戻る。

奴は既にそこでサイトを持っており、嫌な予感がすると間も無くメッセージが飛んで来たのだが、ワタシは当たり障りの無い返事と共に、例のOB会の「コミュニティ」というのに入れて貰う事務作業のみ頼んで、それきり関わりを持たない事にする。

mixiには偶々みっつ上の先輩がいて、そこにはワタシも「友人の輪」に混ぜて貰っているのだが、最近旅から帰ったばかりの彼女の日記が追加されているのに気付いて、読みに行ってみる。すると序でに、同様に彼女の「友人の輪」に加わっている例の「勘違い君」のトップの写真が変わっているのにも気付く。

(ご存じない方の為に書くと、mixiというところでは自分の写真をアイコンとして載せる事が出来るのである。しかし勿論厳密に自分の顔写真を載せる必要は無くて、例えば飼い犬の写真やら好きなヒーローの写真など、全く別のものでも良いのである。)

自分の顔写真を載せているという時点で既に相当ナルシスト的と思われるのだが、今度の写真はもっと度が進んでいて、上半身はなんと裸で、得意の斜めに構えたポーズで長い前髪から覗き見しながらこんにちは!という感じの、ワタシ的には相当恥ずかしい様子である。もっと言うと、うぎゃー、吐きそう!といった感じである。

そして当の本人は、それが如何に気味が悪いかという事に気付いていない模様で、尚更不気味である。



…という様な事をまともに書いたら拙いと思ったので、それを英語で書いておいた、という話である。


ちなみに彼は中学時代英語が五段階評価で「1」だったらしいので、万が一ワタシの日記を読みに来たとしても、流石に英文だったら読めないだろう、若しくは、きっと面倒で読む気がしないだろう、という希望的観測である。甘いだろうか。

まぁ英語なんてものは、二ホンジンなら一応学校で習ったのだから、読もうと思ったら読めてしまうかも知れないので、こういう時は仏蘭西語とか独逸語とかはたまたスワヒリ語などといった、馴染みの薄い言語の方が適しているだろう。


言語は道具である、とつくづく思う。

幾つも取り揃えておいたら、きっと役に立つ。



それにしても、意地悪だったかしら、ワタシ。



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