せらび
c'est la vie
目次昨日翌日
みぃ


2006年02月26日(日) 散発的近況

誕生日以降日記を書いていなかった事を、ふと思い出す。

今月後半部で起こった事を、思い起こしてみる。


三十何回目かの誕生日だったと人に言うと、大概はそんなに見えないと言ってくれる。亜細亜人というのは、こういう時便利である。

二十二、三くらいでもいけるとまぁほぼ毎年言われるのだが、例えば吹き出物跡が残ってそのまま染みになっていたりする頬を見ると、やはり人生そうはイカの金玉だと思う。



今年の冬は、この界隈ではどちらかと言うと「暖冬気味」なのだが、それでも時折どかっとまとめて冬がやって来る。

二週間程前の週末は正にそういう「集中冬」の到来で、朝起きてみたら、一夜にして膝が埋まる程の雪が積もっていたから、驚いた。

しかしその日一日吹雪くだけ吹雪いたら、翌日から一気に気温が上昇して、見る見る雪が解けてしまった。

一部の地域の皆さんには、その大量の雪解け水の所為で雪崩だの洪水だのと困った事になったらしいが、その他の地域の皆さんにとっては格別問題も無く、再び「暖冬気味」な冬が舞い戻って来た。



遅ればせながらもボスに提出したワタシの調査報告は、先日の会議の際見事に大幅削減され、それはつまりそれ程のものを期待されていなかったという決定的な認識の相違を思い知らされ、暫し落ち込む。

しかしそれはそれとして、再度書き直して出しても当初の予定より早く終わる訳だから良いじゃないか、と思い直して自分を励ます。

しかし自分の仕事がそれなりの評価を受けたいと思うのは自然な事だろうと思うので、何やら自分を誤魔化しながらやるような気がして、釈然としない。

とは言えこの一件が終わらない事にはワタシのその後の人生も進まないのだから、ここは観念してやるしかないのだろうとお茶を濁す。



先日同僚のひとりに、「Mixi」というのに混ぜて貰う。

これは知人に見られるものだから、そこで書く「日記」はエンピツさんで書いているようなのではなくて、もっと差し支えの無いものである。

個人情報もある程度流出してしまうので、例えば昔々の知り合いが寄って来たりもする訳で少々面倒ではあるのだが、兎も角ある程度節度と一貫性のある事を書かねばならないのだろうと思うと、面倒な気がする。

ここで書いている「日記」の方が、ワタシのような主に愚痴や他人の悪口を書いてこっそり発散しているような人間には、適しているように思う。



調査報告が大幅に削られた後遺症もあるのだろうが、ここのところ、余りやる気が無い。

家にいても、つい「家の改造番組」チャンネルなどのテレビを見て過ごしてしまう。

ケーブルチャンネルには登録していないのだけれども、家では何故かコードを繋いだら粗方のチャンネルが見られてしまったので、金を払わずしてこの手のケーブル番組を見ている訳だが、だからこんな話は表立って書けないので、ワタシにはこの「日記」がやはり一番と思う所以でもあるのだが、兎も角最近は作業も何だかゆっくり気味でついテレビに逃げがちである。

いや、ワタシはそもそも早いとここの家を出て、もっと自分の暮らし方に合った住処に移りたいと思っているのである。

何しろこの家は、都合が悪い。

大家は彼の持ち家の二階部をふたつに区切って、それぞれ一世帯ずつ入れているのだが、ワタシの住処はそのうちの「裏側」に当たるので、出入りの際は大家やその家族が出入りする裏口、または裏玄関、通用口などと呼ばれるドアを使うことになる。当然そこで顔を合わせる機会も多いし、彼らの住処の真上なのでパーティーはご法度となっているから、友人を呼びにくい。

更に困るのは、「呼び鈴」(ブザー)と共にドアの開閉が出来るようになっている通常のアパートのような仕組みが機能していないので、来客があっても、まず自分の居住部の出入り口ドアを開け、階段を下りて「裏玄関」のドアを開け、更にガレージを通って公道に繋がるガレージのゲートを開けて、漸く人を招き入れるのである。これらのみっつの扉を開け閉めしながら人を入れ、その人の退散時にはまたワタシも出て来てそれぞれを開け閉めして送り出すので、面倒である。

また、人を招かない家というのは、得てして汚れがちである。

これは例の「改造番組」でもよく言っている台詞なのだけれども、来客がなければつい掃除を怠りがちになるので、成る程理に適っている。ワタシの住処も、気付くと埃のダンスホールと化している。

この間作業が一段落した後、「大洗濯・大掃除大会」を開催したにも関わらず、一週間、二週間と経つに連れ、何処からとも無くまたしても埃が湧いて出て来て、ある日ワタシを驚かせるのである。あれ程念入りに掃除機を掛けたのに、これは一体どうした事か。

この家に越してくる前は、ワタシは割合頻繁に引越しをしていた。

それは引越しが好きだったとかいう訳では無くて、諸々諸事情に拠る所が大きいのだけれども、兎に角そこがどれ程小さい部屋であっても、ワタシは時折人を招き入れては、夕飯を振舞ったりだの何かの会議の為に場所を提供したりだのといったような事をしていたので、ワタシの部屋はいつもそれなりに片付いていた。

やはり、ここを早く出なくては。



テレビと言えば、ここのところの「オリンピック特別番組」の所為で、普段楽しみにしている番組が中止になっているので、面白くない。

うちの界隈では一全国ネットワークが独占中継・録画放送などの権利を獲得していて、それ一チャンネルが夕方から夜中まで通してオリンピックゲームの録画シーンを放映している。

しかしこの国の人々は基本的に余所の国で起こっている事に余り関心が無いので、そういう人々と暮らしているとワタシまで無関心になって来る。

尤も、業務上止むを得ず時事問題には日々目を光らせてはいるのだが、事オリンピックゲームのようなどうでも良いと言ったら語弊があるかも知れないが、歴史の教科書のページが増えるような重要なものでない限り、ワタシの関心に上らないのである。逆に言えば、それだけワタシ自身が忙しいという事でもある。

日本に住んでいたら、もっとわくわくとオリンピック番組に齧りついていたのかも知れない。こんな「お家改造番組」やら「料理番組」なんか見ていないで、今しか見られないものを見ていたのだろう。

まぁ兎に角、ワタシはオリンピックゲームがもう終わるか、まだ終わらないか、と日々心待ちにしている。



昨日は自然災害とテロリズム・クーデターで慌しい比律賓に居る同僚に、気をつけて暮らせとメールを打った。

それにしてもあの国のテロリストどもは、天災に遭った人々を何とか救い出そうと国が躍起になっているという時に、どうしてまた首都で爆破・政府転覆活動などしてみたりするのだろう。確かに効果的ではあるのだが、同じ国民として心は痛まないのだろうか。

尤もそれしきの事で一々心を痛めてなどいたら、テロリスト家業は務まらないのだろうけれども。


しかしそんな事を言い出したら、ワタシも大方の事には一々反応しなくなったのは、同様の理かと一瞬凍る。

年齢の所為かまた外国で暮らすようになってその術を習得した所為か、細かい事で一々怒ったりいつまでも恨み辛みを述べたりなどしている暇が無くなったように思う。情緒的で無くなったと言うのか、「ビジネスライク」になったと言うのか。

しかし、逆に事が済んでもまだ拘り続け、いつまでも繰言を並べているような輩を見ると、こいつ暇だなぁと思う。「ドラマチック」だなぁとも思う。神経を注ぐべきネタをまつがっているようにも思う。

ワタシまで一緒くたにドラマに加えられたら面倒なので、出来るだけ関わらないようにするのだが、そういうドラマチックな人々というのは大体しつこいものである。恐るべし粘着気質。



そんな事はさて置いて、先日近所の中型小売店に買い物に出掛けた際、北欧は諾威特産の山羊のチーズを発見したので、懐かしさの余りつい衝動買いする。輸入物を扱うような高級店では無い筈なのに、意外である。

山羊特有の臭いが気になる人も居るらしい、とガイドブックか何かで読んだのだが、ワタシは恐らく他に選択の余地が無かった所為か、その昔一人旅の途上にかの地で終始自炊生活を強いられた際、ひとたびそれを口にして以来すっかり気に入って、一ヶ月程その「エイトオスト」(Gjetost)をパンに挟んで三食食べ続けたのである。

このチーズは茶色い成りをしていて、口にとろけるようなまろやかな味わいである。はっきりと強烈な牛のチーズに慣れると、そのまろやかさは新鮮である。

ワタシはこれを食べる為に、現地で何の変哲も無い安物の「チーズ・スライサー」を購入したのだが、それでも物価の高いお土地柄によってそれはワタシの財布には衝撃的であった。

序でに食料品を持ち運ぶ為に購入した所謂「トートバッグ」という、これまた何の変哲も無いキャンバス地の手提げ袋もまた、財布事情的に大変衝撃的であった。だから、十五年も経った今でも、しぶとく使っているのである。

ああいう国には旅行ではなくて、給料を貰いながら住まなくてはならない、と思ったのであるが、それはつまり、物価の高さに見合っただけのものを頂かなくては、生活にならないからである。


それは兎も角、ワタシは帰宅するなりわくわくとその山羊のチーズを取り出して、安物の穀物パンに挟んで食べてみる。懐かしさと同時に、真夏だというのに沢山着込んで北上しながら、毎日頬張った冷たいサンドウィッチの味が蘇って来る。今頃は大地も凍って、冷たいサンドウィッチでは済まないだろうけれども。

いや、ワタシの住処もそれなりに寒いので、今回はスープと一緒に頂く事にする。

トマトビスクか何かと合わせたら旨いだろうが、手元には野菜の固形ブイヨンしか無いので、それにベーコンの細切れと「オレンジ色のカリフラワー」という変り種の茎を炒めて入れる。

ちなみにこのカリフラワーは、オレンジの味がするとかいうのではなくて、普通の白いカリフラワーの味である。「花」部はそのまま適当な大きさに切って、マヨネーズと醤油のソースに絡めて齧ると旨い。



さて、今日は何を食べようか。


昨日翌日
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