せらび
c'est la vie
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みぃ


2005年09月04日(日) 秋晴れの空を仰ぎながら気候変動とバルサミック酢に思いを馳せる

この週末は、連休である。

巷の人々にとっては、これが夏の終わりを告げる連休という事になっているので、「夏と言ったら庭先でバーベキュー」がモットーのこの国の人々は、恐らく今頃今年最後の「家族団らん庭先パーティー」に精を出している頃である。

長かった猛暑も去り、秋晴れの大変清々しい日和が続いているので、ワタシも漸く自宅で料理をする気力が湧いて来た。そこで今日は「バッファロー・ウィング」という名の、鶏の手羽先の唐揚げを辛くしたやつを製作中である。

本来これにはブルーチーズとマヨネーズを混ぜたようなソースとセロリのスティック状に切ったのを用意する事になっているのだが、生憎気まぐれに作り始めたものだから、今日のところはマヨと小赤蕪で容赦する事にする。


嗚呼、こんな天気が一年中続けば良いのに。

さらりとしているのに、でも袖無し服で充分過ごせるのだから、これは正に戸外で何かをするのに最適な日和である。例えばバーベキューとか。例えば洗濯とか。

おおそうだ、洗濯にも行かなくてはならなかった。まぁ明日、明日。まにや〜な、まにや〜な。



しかし例の大型台風の直撃に見舞われた地域では、清々しいなどと呑気な事を言っている場合では無くて、元々沼地の多く蒸し暑い亜熱帯性気候の土地へ持って来てインフラが全てやられてしまっていると来ているのだから、正にとんでもない事態になっている。

ワタシも真夏に電気の無い生活というのは経験したが、それでも水は出たからまだ良かった。陸の孤島となったかの地の人々は風呂さえ間々ならないまま、既に数日間自国内での難民生活を強いられているという。

これは大量の資源を湯水の如くに消費するのにすっかり慣れた不届きなこの国の人々にとっても、大いなる脅威的大事件として日夜報道されている訳だが、しかし国の災害対策の不手際(それ専門の独立組織の存在にも関わらず)に加えて市の治水・緊急時対策への主に予算不足(この街にとって治水は最重要課題である筈なのにも関わらず)など、諸々諸事情が重なった上の「人災」と言わざるを得ないような有様である。

加えてそこにはこの国が長らく抱える「人種・貧困問題」という、更なる要素が深く関わっているので、所謂「社会的弱者が痛い目を見る」という、在り来たりの結末である。

だから市当局が予め逃げておけと言ったところで、実際それに必要な金や車、頼れる縁故者などを持たない人々は、そこがどんなに危険であろうとも留まらざるを得ない。

ワタシが憂慮したのは、家を持たない所謂「ホームレス」と呼ばれる人々や一人暮らしの老人らの成り行きである。ホームレス・シェルターなどに辿り着いていてくれれば良いが、しかしそのシェルターすらも今回の大嵐では無意味だったかも知れない。ワタシの住む街であんな事態になったら、日頃ヴォランティア活動で馴染みのあの人々は、一体どこへ逃げたら良いのだろう。

逆に逃げようと思えば逃げる事も出来たのに、まあそんな大げさなと高を括って留まった輩というのに関しては、他人の迷惑になるのだから次からはもう一寸考えろ、と言わざるを得ないが。

また被災直後のインフラ壊滅また援助の遅れなど、かの地の人々が生活必需品の略奪を働かねばならなかった止むを得ない事情というのもある。

しかしその脇で、テレビだとかDVDマシーンなどの高額娯楽品を商店やら空き家になった他人の家などから早速盗み出している「武装した暴徒」というのもまたあり、しかしその水に浸った街で水に浸った電化製品を盗んだところで、どうやってそれを利用するのだろうか、という疑問もまた湧いてくる。

何しろ現代社会において、インフラ無しで人間の文明的生活というのは、全く立ち行かない。格好の良い高級品をどれだけ持っていようとも、無意味なのである。

暴徒も恐らく、被災以前の感覚を持って行為に及んだのだろうところが、哀れなり。




ちなみに地球レベルでの気候変動に関わる専門家の間では、水没の危機にある都市として、ロンドン、ヴェネツィア、アムステルダム、など欧州の都市に加えてニューヨーク、ニュー・オリンズなど亜米利加の都市名も挙げられている。

尤もどこの国の都市でも、地下水を汲み上げたりなどして地盤沈下というのが問題になっている訳で、例えば上海や北京などでもここ数年その傾向が顕著だというから、これは先進国に限った問題では無い。

また水没の危機という事で言えば、インドネシアなども以前から問題になっているし、また世界地図に埋もれるような小さな島嶼諸国の皆さんにとっては、一寸した低気圧の襲来などでも死活問題なのだから、これを機に世界中の皆さんが地球の気候変動*または環境問題一般というものに対してもう少し配慮をする事にしてみてはどうかと思う。

(*「地球温暖化」という表現もあるが、必ずしも気温が上がっているのではなく一部地域では下がっているという報告と、また非人為的・長期的自然作用による気候変動の可能性も捨てきれないとする諸説があるので、今のところ業界的には「地球温暖化」という表現は避け、「地球規模の気候変動」という表現が好まれているので、参考まで。)

まずは亜米利加と濠太剌利の民にこの点を少し理解して貰って、手始めに「気候変動枠組み条約」の「京都議定書」に再度参加するという方向で国際社会の団結を図る、というのはどうだろう。

亜米利加の「金魚のうんこ」または「真似っ子乞食」濠人の働きに関しては良く存じ上げないのだが、米人に関しては国はさて置いて、地域や市町村レベルでの環境政策への試みは、ここ近年大変活発化している。

例えば北東部の州が連合して、発電所や焼却場などからの二酸化炭素排出を減らす為の取り決めについての最終審議調整が進んでいるし、同様の取り組みが、大陸の反対側の端っこの州らでも進められている。また中西部の幾つかの市でも、環境対策に特別の配慮をする事にして、活発な活動を展開し効果を挙げているのがある。それに環境に配慮する世界の市長さんたちの連合には米人市長も数人名を連ねている筈であるから、そう言う程頭の悪い輩ばかりでは無い。

とは言え、一般市民レベルでも事を始めなければ、実際問題として例えばゴミやエネルギィ消費は減らないのだから、この日記をご覧の皆さんもさあ今日からひとつ腰を上げて、環境対策を始めて見ませんか。


尤もワタシは環境云々よりもまず自分の身の安全という、非常に自分本位な観念から、純石鹸やらお手製化粧水などの使用、それに添加物を出来るだけ取らないというような生活態度に切り替えたのだから、つまり自分の身体に害が少ない=環境にも負担が少ないという事を念頭に置いて、それぞれが出来るところから始めたら良いのである。





などと考えているうちに鶏が出来上がったので、味見の積りで食べ始めたら、これが貴方、止まらないじゃありませんか。

はぐはぐと辛い鶏に喰らい付いているうちに2.5パウンド(というのは大体1kg強)のうち半分ほどを喰い尽くす。流石にこれは拙いという事で、今日のところは鶏は此れにて終了とし、代わりにサラダを用意する。

実は昨日買って来た「バルサミック・ヴィネガー(aceto balsamico)」という伊太利亜はモデナ(の筈なのだが何故か「アルゼンチン産」と書いてある)の醸造酢が予想外に美味かったので、感動して夕食にサラダを二皿食べたくらいなのだが、それをまた今日も作る事にする。

トマトと小赤蕪を適当に切り、それにほうれん草をざっと掻き毟ったのを、このバルサミック酢と例によって先日購入して以来お気に入りのシチリアの海の塩とかき割ったばかりの黒胡椒でもって和える。

一寸置いておく。

なんだ、こんな事なら、ケチらずに大きいボトルで買ってくれば良かった。以前他人の家で食べた時に途轍もなく不味い酢だと思ったものだから、つい苦手意識があったが、あれは料理人の腕が悪かったのだろう。

そうに違いない。その証拠にワタシが作ったサラダは、この世の物とも思えぬ程に美味ではないか。

・・・・・・

そろそろ良いかな。喰ってみる。

旨い!



いや、そうは言っても、バルサミック酢にも色々と種類があるので、これはやはり自分の舌で試してみて、気に入るのを探し出さねばなるまい。オリーブオイルなどもそうだが、それぞれの舌と用途に合うものと合わぬものとがある。


旨い物探求の道は、果てしなく続く。



快食快便。


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