大分前に、読売か何かの書評で面白そうだったから、買ってみることにした。再読するとは思えない本に3600円も投資したのは、たぶん何かのハズミだろう。厚い割に軽いのがうれしい。 著者のジョン・カルショーといえば、リングの初の全曲録音をしたプロデューサーとして知られるが、それしか知らなかった。しかも、リングのことは別に『リング・リサウンディング』という本を書いているとはね・・・ひっかかったぜぇ。どっちかっていうとそっちが読みたいが、翻訳も原書も古本屋まわりをしないと入手不可能らしい。 ご本人はそもそも小説家を志望したそうで、それがわかる程度にどうってことのないところが読みやすい。 この本の主眼は20世紀後半のレコード録音史(正確にいうなら録音個人史)である。クラッシック好きなら知っている作品や演奏家が目白押しに出てくるし、あ、これならCDで持っているわ、なんてのもあるので、そのレベルでは十分面白い。 さらに言えば、レコード(CD)って本当に商業主義の反映なのねえ、という、十分わかっているはずの事実の追認。昨日今日の話じゃなく、お金との妥協の産物、いいえ、妥協できればいいけれど、お金主導も珍しくなく存在するわけで・・・ 全然関係ない・・・でもないか・・・五島龍くんのCDのコマーシャルが流れている。龍君は幼いときからフジテレビと一心同体で市場に出てきた、これまでにない形のヴァイオリニストだ。前のJRのCMで流れたヴィニヤフスキーや、今度のロンカプ(だったと思う)のほんのちょこっとしたフレーズでドキッと耳を奪われたのは確かなんだけれど、なんか売り出し方はえげつないっす。 さて、カルショー氏に話を戻しましょう。彼が自分だけの正義を振りかざしたりもしないのは、変な言い方だけど、救いです。西洋人って自己主張のカタマリね、という部分が山をなしている。うーん、見習わなければ。問題は常に自分のせいではなく、誰かが常に自分よりいけないから生じてしまうのである。うまくいったときは、もちろん自分の能力なのだ。 思いがけぬ面白さは、学校を出て銀行や軍隊を経験するところだった。このあたりの観察眼には鋭さと隠れたユーモア精神が感じられた。 月初めからぽちぽち読み出してやっと読了したのだが、さすがにこれを読んでいるうちに、『トリスタンとイゾルデ』が聞きたくなり、残念ながら、カルショーの手がけた盤ではないが、何度も聞いた。ついでにインタネット経由で、今年のバイロイトで大植英次氏が指揮をした『トリ・イゾ』も聞いた。第二幕の二人の激しいやりとりもいいのだが、最後にマルケ王が歌うTot denn Alles!がしみじみして好き。 これからカルショーの苦労をしのびながら「戦争レクイエム」を聞きますね。
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