『平安人物志』 山中裕 ネットのバーゲンブックフェアとやらで半値だったから買った。5200円→2600円 料理の本や園芸の本、占いの本など怪しげなお手軽本の中に混じって残っていたのだ・・・かわいそうに! How-to本の中で朽ちさせるのは、道義上問題がある、と感じなくてもいいことを感じて買った。平安時代に取り立てて関心があるわけじゃないんし、読むあてもなかった。もっと正確にいえば、能力的に読める見込みも薄かった。 正直、結構難儀した。なにしろ、基礎教養がなくて、「蜻蛉日記」の不実なつれあい藤原兼家が藤原道長のオヤジさんだとは知らなかった。紙とエンピツ片手に系図を書きながら読まないといけない。たぶん、真面目に勉強した人には当たり前すぎることにいちいち啓発されている。『平安人物志』の主眼は家のためにシノギを削る人々のありさまである。 章だてされているのは、河原院源融(この人、なんとなく好きなんだわ)、兼家、道長、敦康親王(定子の子、天皇になりそこねた)、敦明親王(この人も天皇になりそこねた)。歴史の教科書でちゃらっと読むのにくらべ、当然のことながら、はるかに立体的である。史料と女流日記や随筆などを併せ読む面白さを垣間見せてくれる。(著者はここで語る以外にもた〜くさん、そういう面白さを満喫しているのであろうと思うとうらやましい。) 血筋に頼るシステムは長寿と出産が命綱だなあと改めて感じた。(江戸時代でもそうだ。今、冷泉家、冷泉家というが、冷泉家が勝ち抜けた理由の一つは江戸時代の当主が健康に恵まれたことだ(と思う)。)律令体制に生きる貴族として、家の主が連続して長生き出来たところに、運と才能に恵まれた道長みたいな人が登場すると鉄壁のご家族体制が成立しうるということか。逆に、一族のキーパーソンが長生きしてくれないと生涯不自由をかこったり、娘が男子を産んでくれないとせっかくの画策も水の泡〜〜 (今だってそれで苦労している人、いるよねえ・・・) こう書いてしまうと、何もそんなことなら、この本を読まずともわかろうに、といわれそうである。まったくその通りであるが、史料の説得力、情に走らぬ抑制された筆致が魅力である。初出を見ると専門的学術論文として書かれたものもあるが、それよりも少し読者層の広い雑誌などで発表されてきたもののようだ。一番新しいものでも30年前、古いものは40年以上前の発表・・・昔の人はレベルが高かったのだねえ、と感嘆するばかり。今の人である私には、漢文史料がまったく白文のまんま、というのは面倒でやんした。 最近は素人にも読める本格的著述が出来る人が減っているような気がする。安直なのはいくらもあるけど。中身は噛み砕いていても(山中氏はあまり噛み砕いてくれていないが)、その底に流れる記述の姿勢は妥協しないという、労多くして報いの少ない仕事は嫌われるのだろうか、売れないから企画がないのだろうか、それとも研究者の質? ★★★ 東京大学出版会
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