Mako Hakkinenn's Voice
by Mako Hakkinenn



 F1における佐藤琢磨の存在価値
2006年02月16日(木)

【2006 Voice Rally Result】(Update:February17)
 Mako Hakkinenn(M-NEST.net/JPN)…… -1day


 昨日のVoiceでは、スーパーアグリ・フォーミュラ1は佐藤琢磨のためにF1参戦を1年前倒したのではないかという仮説お話をしましたが、今日はその続きで、ではなぜ佐藤琢磨のためにそこまでするのかというお話です。

 佐藤琢磨はミスが多い。そのミスで自ら自滅してレースをフイにしてしまったケースも決して少なくない。そして佐藤琢磨は、他車との接触が多い。
 この2点において、佐藤琢磨はプロのF1ドライバーとしての評価を下げてしまい、チーム関係者や他のドライバー、そして一部のF1ファンやマスコミからは冷ややかな目で見られているのも事実だ。

 前者は言うまでもなく自業自得なのでとりあえず置いておき、後者の他車との接触に関しては、2004年のヨーロッパグランプリではバリチェロ(フェラーリ)と接触して「シロウト」と呼ばれ、2005年ベルギーグランプリではミハエル・シューマッハ(フェラーリ)に追突して「こういったハラキリ行為を何度もしている」と言われ、2005年日本グランプリではトゥルーリ(トヨタ)と接触して「F1にはいらない」と言われ、さらにトヨタの冨田務チーム代表にまで「フェアじゃない」と名指しで批判されてしまい、“佐藤琢磨は危険なドライバーである”というレッテルを貼られてしまっている。

 だが、佐藤琢磨が他車と接触したケースで本当に佐藤に否があると思われるケースは、僕の記憶では2002年マレーシアグランプリ(当時ジョーダン・ホンダでF1デビュー2戦目)でチームメイトのフィジケラに追突してしまった時と、2005年のベルギーグランプリでミハエル・シューマッハに追突してしまった時、の2件しか知らない。
 他のケースで印象深いものとしては、2003年日本グランプリでのミハエル・シューマッハとの接触や2005年の鈴鹿でのトゥルーリとの接触は単なるレースアクシデントであり、2004年バーレーングランプリでのラルフ・シューマッハとの接触と、物議を醸しだした2004年ヨーロッパグランプリでのバリチェロとの接触は、むしろラルフとバリチェロの方に否があった。

 しかし琢磨は、それでも多くの者から“クラッシャー”と言われてしまうのだ。

 ひんしゅく覚悟であえて言わせてもらえば、現役F1ドライバーであれF1関係者であれモータースポーツジャーナリストであれ、佐藤琢磨を“クラッシャー”“シロウト”と呼ぶ者こそがシロウトである。したがって2004年ヨーロッパグランプリ終了後に佐藤琢磨を「シロウトだ」と言い放ったバリチェロの発言もシロウト的な発言であったと言える。

 このグランプリで、タイヤ交換を済ませたばかりの最終スティントで、フェラーリのバリチェロに猛然とアタックしたシーンは様々な意味でF1関係者に衝撃を与えた。ご存じのように、現在のF1はレース中の燃料補給が可能である。さらに究極のエアロダイナミクスと、制動距離が極端に短くなるカーボンブレーキは、レース中のオーバーテイクを極端に難しくしてしまった。チームの関係者は自然にこう考える。「リスクを犯さずにピット戦略でライバルを抜こう」と。
 無論、これは正しい考え方だ。なんだかんだと言っても、レースの世界で重視されるのはリザルトである。例えトップを走っていても最後にリタイアしてしまっては、無意味と評価されるのがモータースポーツ界で共通した価値観なのだ。

 ところが琢磨はスタイルを変えずに、コース上での挑戦をやめなかった。ヨーロッパグランプリで、ミシュランタイヤのアウトラップの速さを武器に、バリチェロのインに果敢にもノーズをねじ込んだのだ。

 そして当のバリチェロは、「琢磨はシロウトだ」と言っておきながら、そのわずか3戦後のフランスグランプリで、琢磨がヨーロッパでしたのと同じように3位走行中のトゥルーリ(当時ルノー)のインに飛び込んだ。それも最終コーナーの1個手前のコーナーでバリチェロの挑戦は行われ、見事にそれが成功した。バリチェロが取った行動は琢磨の影響ではなかっただろうか。逆にトゥルーリ側からしてみれば、「ここでは来ない」というのが常識。だがバリチェロは行動に出たのだ。
 この年のイギリスでもドイツグランプリでもそうだったが、ヨーロッパでの一件以来、不思議とコース上でのエキサイティングなオーバーテイクが増えているような気がしてならない。もしかしたら、琢磨以外のドライバーたちは「あの日本人にできて、自分にできないはずはない」と考えたのではないだろうか。

 佐藤琢磨に対して僕がこのように考えるのは、何も彼が日本人ドライバーだからと贔屓しているからだけではない。現に琢磨はこの年、イタリアで83年に設立された、元F1ドライバーのイバン・カペリや、モンツァサーキット・ディレクター、イタリア人ジャーナリストらの投票によって決定される「コンファルティジャナート・モトーリ・プライズ」と呼ばれる、モータースポーツ界で優れた技能を残した人物に与えられる賞を受賞したことを見ても、日本のみならず海外でもその走りは高く評価されている。

 佐藤琢磨を“趣味じゃない”“パツキンじゃない”“生理的に受け付けない”と言うのは好みの問題だからいいとして、“クラッシャー”“シロウト”と呼ぶ者たちは、“本当のレース”というものを知らないか忘れてしまっているに過ぎない。そして様々なレギュレーションや規制の変化によってコース上でのオーバーテイクが困難となり、いつの間にか生ぬるいレースになってしまった現代のF1で、佐藤琢磨はファイティングスピリッツを蘇らせたのである。そして“これこそがレースだ!”と思えるシーンを何度も見せてくれたのだ。
 確かにミスも多く、ドライバーとしての力量はまだまだトップドライバーとしては未熟なのかもしれない。しかし、ファイティングスピリッツだけを見れば、佐藤琢磨はジル・ビルヌーヴの再来と言っても過言ではない。そんな佐藤琢磨がF1から消えてしまっていいのか?いや、佐藤琢磨のようなドライバーこそ、今のF1に必要なのではないのか?日本のF1ファンを初めとした、多くの者がそう思ったに違いない。

 だからこそ、ホンダとスーパーアグリは動き出したのではないだろうか。

 ホンダは昨年の9月に事実上佐藤琢磨の放出を決定し、日本のファンから大ひんしゅくを買うこととなった。そのことがあってか、あるいは少なからず負い目を感じているのか、あるいは日本で人気の高い琢磨をみすみすトヨタ陣営に持って行かれるのがシャクだからか、いずれにせよホンダは、鈴木亜久里氏とともに急ピッチで新チーム立ち上げを進め、付け焼き刃ながら今シーズンの琢磨の受け入れ先を用意した。結果的にホンダはメインチームからは琢磨を放出してしまったが、スーパーアグリというチームを作り上げたことは、ファンとしては大きなプレゼントとなった。そして何と言ってもそのチーム監督は鈴木亜久里である。これはもう亜久里様様とひたすら感謝である。

 鈴木亜久里は自らもF1ドライバーで、日本人として初めて3位表彰台に立ったことで知られ、フジテレビのF1中継などでも常々日本人ドライバーの活躍を期待している人物であることは言うまでもない。そんな彼がF1チームの監督になったのである。これはもう佐藤琢磨だけでなく、そのチームメイトとしてF1デビューを果たすこととなった井出有治を初めとして、今後のF1シーンで日本人ドライバーが活躍するための理想的な環境が整ったことになる。

 ヨーロッパ色の強いF1の世界で日本人ドライバーがどのような評価をされているかはこの際関係ない。今後はスーパーアグリ・フォーミュラ1から、多くの日本人F1ドライバーが輩出されることとなるだろう。そのためにも、スーパーアグリにはなるべく長くF1の世界に留まっていてもらいたいものである。そして日本人ドライバーのF1の登竜門となってもらいたい。

 余談だが、佐藤琢磨はBARから放出されてから、トヨタエンジンを搭載するミッドランドからオファーを受けていたが、トヨタ陣営に行かなくて正解だった。ミッドランドにおいてトヨタはチーム運営にはタッチしないエンジンサプライヤーという立場でしかないが、先に述べたようにトヨタの冨田代表は、2005年の日本グランプリでの琢磨とトゥルーリとの接触に関して「フェアではない」と名指しで批判したのである。あの一件に対する捉え方は人それぞれだから正しいかどうかは別として、少なくとも「間違っていない」と主張している琢磨とは、レースに対する考え方がまったく相反していると言うことになる。そんな両者が理解し合えるはずなどない。



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