マチネ『トーマ』ソワレ『純粋人』行ってきました。 溢れるほどの思いと幸せと重みを貰いました。 あたしは移動中はずっと音楽を聴いて、外界をうけいれられないタイプなのですが、この二つを体中にうけいれたのでもう容量オーバーで、耳を澄ましていていても何も感じず(爆)、下北沢から一時間耳を無防備でなににもおおわずに帰ってきました。 めずらしいことなので自分でびっくり。 それくらいの日。 こんなに幸せでいいのか、あたし。
まず『トーマ』。 壊れてます。 ご容赦を。 酔って書く女をどうかと思いましたらここでひきかえして!!! お願い。
今日。 最初に皆千秋楽の緊張なのかつっぱしりすぎ?くらいな早口で上滑りな口調もありましたが、すぐに持ち直し。 異分子なユーリと、待っておるオスカー。 そして、突撃するエーリクのすばらしいトライアングルで、 ユーリが高みに昇るのをほろほろとみてしまいました。 役者よりも何よりも、『トーマ』はみるたびに面白くてどきどきするいい芝居だと思ってました。 きょう、ふと思う。 ブッシュ先生のムチを心ならずも浴びてしまったユーリは、その時、サイフリートを思い出しただろうか? トーマに似たエーリクをきづかうよりも先に、彼はそっちを思ったに違いないとあらためて愕然とするあさはかなあたし。 校長のピンチでシャカンシツのオスカーとユーリのやり取りは、友情のようで、そして恋愛の寸前の丁々発止に似た緊張感のあるときめきもおもしろいですね。 「愛していた?」 って、ユーリ!!!! ドイツ人ならあんた以外すべての人が知っているつうの!くらいなうかつな台詞にのけぞりそうになりますけど。 本当にぐちゃぐちゃに泣きはらした目で、鼻水流しながらもきれいなユーリに感動よりも悟りました。 原作のユーリよりも周りを巻き込み、吸引力もある彼のきれいな泣き顔に、 バッカスの「笑顔」ではないけど、 「君の泣き顔いいぜ」 といいそうでした。 綺麗ですよ、決心したあとの顔ってどうしてあんなにきらきらしいんでしょうね。 たぶん、オスカーがグスタフとの放浪の果てにみた笑顔はあんなえがおだったんだろうなーと思うことは確か。
オスカーについてはもうあたしは言うことありません。(え?) ユーリが好きで、エーリクが無条件にユーリをしたっているのがなんとなくむかついている視線の強さが笑えました。 怖すぎだよ、オスカー……。 あなた、斜眼帯つけてますよ! ちなみにシャドウロールもつけてます。なぜなら自分の影に少しおびえているからです。(爆) 待って待って待ち続けるけど、それが受け入れられるのかははなはだ疑問だと自分でも思っているような弱さが見える。 でも話をしなければならない機会があって、 話をしたくて。ユーリに話をしてしまったオスカーの「話してしまっているけど、どうしよう」みたいな、まだ迷っているおぼつかなさと、ユーリに受け入れてもらったあとの校長に対峙する時の『次の関門』みたいな一瞬の緊張。校長が彼を待っていたことをしたあとの号泣がこっちもどきどきしました。 感動よりも、何度もおんなじ芝居みているはずなのに、どきどきします。 本当にそれだけ面白いし、新しい発見のあった芝居だと思います。
主役の深みはもちろん。 あたしは今回サイフリートのしなやかさとしぶとさと、 アンテという役の重みもとても体にきました。 このふたりの存在はあたしに原作を何度も読み直させました。 違うんだけど、全然原作と違うんだけど、 芝居をみたあたしにはやたら重く。
大阪の『トーマ』のチケとってて良かったです。 もう一度、この横から滑り込む、一瞬の欲望に気を取られた敗北感と人に愛されたひと、ユーリの記憶の高揚感をみてみたいです。
舞台挨拶。 22日のC楽で気が狂うほどうれしい舞台にめぐりあったことがうれしくて、 「挨拶とかひとことなくていいから拍手していたい!」 とか思ったんですけど。 今日も実はそんな感じで、舞台があかるくなってちょっとひく。(爆) でも、皆さんの言葉を聴いてて涙しそうになる。 特に今回、あたしが力説し、皆に同意を求めると友達全員が手羽先食いながら納得してくれた吉田さんのぐちゃぐちゃに泣きながらのコメント、 「楽しかった」 「学校みたいだった」 「寂しい」 にこっちまでぼろ泣き。 真っ赤に泣きはらした頬と男の子と、こ憎たらしいアンテを「ま、彼も彼なりに頑張ってる」とあたしに納得させてくれた手腕の役者のタマシイ、忘れない。
あ、『純粋人』の感想はまた。 これもまた。(机叩く) 西ノ園さん、笑顔で悪役。ステキ。 「こんなことしか力になれないけど」ってまあ。(以下次号)
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