会社で昼ごはんをSさんに買ってきてと頼んだ。 白身魚のホワイトソースと温野菜添え。
Sさん「買ってきましたよ。500円です」 あたし「なんでそんなに安いの?」 サラダ付きでライスが普通盛りなら630円だったのちょっとびっくり。 「サラダ抜きで子供盛りでしたから」 はぅうう? ライスの盛りは男性用でなくて、ごはんの盛りはレディスって、たしかに頼みましたよ。 だとすると、たしかにサラダ抜きは50円安くなり、レディスは30円安くなります。 ……むう?? はっ!!! 「Sさん。あたし、子供じゃないもん!!!」 「ああ、そうでしたね」(ニコニコ) 今気がついたようにクールにかわされる。 ちっ。 買ってきてくれた人は、30代男性、身長180センチ、バレーボールとつりを趣味とする方。 180センチある方からみれば、アタマのつむじまでみおろせるあたしの身長は子供かもしれないが、でも、でもさー。子供はないですよねー!(叫) そして、自分でその昼ごはんを売っている店に行くと、他の女子には、 「レディス(盛り)でいいですか?」 とおじさんは聞いてくれるのに、あたしは普通に男性用の弁当がセットされます。 普通盛りって相当おおきいんですが、 あたし、そんなに食べるように見えちゃいますか?やっぱり。(否めない) …それも微妙に乙女心がずたずたな気がします。 さらに、でもそんな量でも、あたし、食べれないこともないかも、とおもうところが特にな。(笑) ああ、Sさんはつけくわえるとあたしの上司だけど、あたしの大学の後輩でもあります。 こーいう人間関係って、世間が無常だと思うひと場面です…。←嘘。わかんない電話とかがあるといろいろ助けてもらっていますからvv
さて、ライフラジオは4が発動しましたね。 曽世さん、曽世さん! なんてフランクでステキ。 前にも冷静な「男の人のくちびるって」発言で、そうだけど、物質的なものを論じる前に精神的なダメージ的なものを論じてみるのはどうだろう?とつっこみをいれてしまった経験があるのですが。 曽世さんの精神の柔らかさを語る言葉は健在。 「今回よんで初めて涙する場も2つほど」 あたしも、実はそう。 幼少のころはテーマの重さについていけなくて、レトリックのうまい『11月のギムナジウム』の方が楽しかったとおもってました。 はい。実際、告白するとトーマの重さから逃げてました。ユーリと一緒です。(笑) 自分を律し、人を拒絶してゆくような、目を背けてしまいたい精神の痛々しさが、思春期そのものだった自分には直撃で痛かったのですかね。 考えなくては。 考えなくては。 それほど、自分は真摯に生きているか? 人を大事に思ったことはあるか? そう問われているような気がしていた。 そして、受け入れなくてはいけないとわかっているけど、うけいれないユーリのアオさを自分のことのように情けなく思っていた。 ま、アオさはわるいことではないと思うけどね。(爆)
愛情深い家庭に育ったトーマは、どうしてもユーリを、命を懸けても愛して、救いたかったのだろうし、 母に人を愛することを全面的に許されていたエーリクもユーリを助けるためには何をするのもいとわなかった。 愛をうけいれてくれる場所を持たなかったオスカーはユーリを愛することによって、そして必要としたときにいてくれた手に慈しみを思う。
それを受け入れられたのは長い時間のたってからでした。(笑)
だけど、原作『トーマ』はあまりにもあいまいにひとの気持ちを断定していなくて、 どこが終結なのかわからないままなのは、あたしの今は、やっぱり曽世さんとも一緒で読むたびに新しい発見があったりします。 きっと、今まで何度もトーマを演じてきた方々も、言葉を声にする度に、 そして新しい発音で台詞を返されるたびに新しい驚きがあるのでしょうね。
深いなあ、トーマ。(ため息)
今までの『トーマ』は、あたしは一回。 BS版を一回分。 それしかないので、今までの分のトーマは踏んで、歩いていかなくていい。 チャラにしていいから、あたらしい『トーマ』の世界をひろげていけるような舞台になるんだろうと、曽世さんの発言を読みながら、初日のチケットをぎゅうと握り締めてしまいました。 体調整えて、出陣ですねvv
>「みんなから祝福されるメイショウサムソン陣営でした」 Cさん。 そうそうそう!あたしもじーんときましたよ。調教師さんも来年2月で引退だので最後のレースだったですし。 ダービーというと大きなレースで観ているあたしたちも興奮するんだけど、それよりも今回はなんだか感動してしまいましたね。 やっぱり柏木さんステキ。(そういう意味じゃなくて…)
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