二兎社の『歌わせたい男たち』を亀戸カメリアホールに観にいってまいりました。 興味はあったものの、一回はみたことがあるものの、 なんとなく行き逃している永井さんの二兎社で、 さらに出演は戸田恵子さんときたので、 是非そこはベニサンに観にいきたかったのですが、 あたしはさまざまな政治的諸事情でカメリアでみることになってしまいました。(笑)
あらすじ:: とある都立高校の卒業式前。 元シャンソン歌手のミチルはピアノを式で弾くための極度の緊張でうつらうつらしているところに、 同僚教師拝島が「国歌で不起立をつらぬく」人であることを知る。 一人でもそんな教師がいると、校長初め全員の教師が研修、聞き取り等さまざまな罰をうけ、高校の評判も悪くなる。 ことを荒立てないために、 拝島の生活に「子供のために」「奥さんのために」「これからの生活のために」とせめ、 それでもダメなら「生徒のため」「同僚のため」と泣き落としで、起立するように言う。 でも社会科教師であり、実際は軟弱な男である拝島は憲法にある「内心の自由があるから」とそれに応じることができない。 その気持ちが分かるミチルは、仲良しであった拝島に徐々に共感しつつ、 シャンソン歌手を挫折し、生活していかなければならない現状に屈しようとする。 拝島と志をおなじにした定年後の教師が配るチラシには、十数年前に「内心の自由」をうたった校長のエッセイを載せられ、へこんだ校長はこれを間違いだと言い、自分の教えていたものを曲解する説で話をねじ込み、国歌時に不起立なものがいれば自分が屋上から飛び降りるとまで被虐的な脅しをする。
そして……それぞれの立場と思想を超え、 それぞれの感情を飲み込み、拝島は結論を出す。 といった内容です。
実際には拝島さんが出した結論はあたしたちの前には現れません。 それは多分、あたしたちが考えることなのかもしれません。
ということで。 戸田さんはじめとする出演者がすべて、 立場と感情の間でジレンマする教師を見事に体現!! 普通芝居をみているとほぼ主人公とかの気持ちに擦り寄って話をみがちですが、今回はあたしはすべての人が話をするたびにその人にすぐ感情移入して、おろおろし、はらはらし、いろいろ考えさせられた話でありました。
2時間弱の芝居では一元的な話しかできないので、 似たような立場の先生という職業のひとたちの、 思想=行動にならないさまざまな思いで綴られていたわけですが。 実際は学校には生徒も保護者もいて、これはもっと今の時代は、国際色も豊かで、世界的に認識されている道徳と良識以外を強制するのはむずかしいよねとしみじみ思う。 だってね。たとえば、さ。 フランス革命を賛美した歌を、 それによって特権を失ったヴァリエの一族(注:ブルボン王家の末裔。リリーズに出演)が快くフランス国歌を歌うか?といったら、絶対にないと思うのよ。(そこにいくか、るなふ、笑) 実際、イギリスの演出家のひとに 「全世界に通用する普遍的な話を書いて、イギリスで上演しよう」 言われて、永井さんはこの脚本をかいたのだけど、 「これは残念だけど、イギリス人にはわからない話だよ」 とあっさり言われたとチラシにのってました。 徹底的な個人主義の国では、 「うたう、うたわないは個人の自由でしょ?」 が当たり前。理解し得ないことのようです。
国歌だからもちろん、式典には流すべきものです。 でも人の人生を左右するほどの問題なのかどうか。 うーん。いろいろ考えさせられたお話でしたよ。
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