めめんと森
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2014年02月24日(月) ライスフィッシュ

 昨夏の終わりごろに、夫名義で中古の一軒家を購入して移り住んだ。

 紆余曲折あって夫が40歳過ぎてやっと手に入れた自分の城。憧れだった“持ち家で猫を飼う”生活ができるようになった。しかも予想外の一軒家である。

 夫のこの夢の実現は“息子が実家に嫁と孫を連れて帰って来て一緒に住む”という義両親の当初のシナリオとは大きく違っていたため、何となくあまり義実家のみんなの前では喜べない感じがした。実際にお金の事で思いもよらない誤解が生じてきょうだい間でギクシャクしたりもした。
尤も、義父が夫と二世帯ローンを組んで建てたあの家は、今は立ち入りが出来ないどころか、一生戻ることが叶わないくらいに放射能汚染されてしまったので、夫にとって帰る家というのは先般自分が購入したこの家しかない事になる。

 昭和の終わりごろに建てられたこの家には小さな庭があって、なかなか日当たりが良く、内装リフォームを終えて入居した当初はジャングルのように草が生い茂っていた。
高齢の先住者が植えた庭木はどれもいかにも昭和のセレクションで、おそらく造園のプロなどには頼まずに何もかも自分たちでやっていたのだろうな、と思われた。年数が経って力尽きかけた木が殆どだったし、剪定などもあまりしていなかったようで伸び放題の枝はねじれて折り重なり、くたびれて立ち枯れていた。
 まず、通路を暗く塞いでいた紫陽花を引っこ抜いた。それからボロボロの何かのかんきつ類を撤去。名前も分からない病気だらけの大きな木を2〜3本、伐採して、根を掘った。どうしても抜けない太くて深い根は、造園業者に頼んで処理してもらった。少しの庭木を残してほとんど更地のようになった。
これから春にかけて花壇を作ることにしているのだが、この家に私が最初に持ち込んだ植物は、夏の終わりに大きな焼き物の鉢に植え付けた睡蓮だった。

 睡蓮は時期が遅かったせいか花芽がつかずにシーズンを終えたが、そこに一緒に入れた6匹のメダカは実にたくさん卵を産んで、爆発的な数の稚魚が産まれた。
 正確には、産んだ卵を回収して室内で孵化させた。こうしないと、親は産んだ卵も、孵化した仔魚も食べてしまうからだ。

 朝一番に睡蓮鉢を覗き、水草やメスのお腹にくっついている小さな小さな卵を採取する。ペットボトルの孵化用水槽に入れて毎日観察した。
面白かった。産んだ5日後くらいから目玉が出来てくる。しばらくすると顕微鏡で見れば心臓が脈打ち血液を送り出すのが見える。ヒレをヒヨヒヨと動かすのも見えるし、卵の中でぐるりと回転したりもする。

 毎日夢中でメダカの卵を観察し、最初の孵化の時は興奮してSNSに報告しまくったりした。考えてもみればメダカを飼ったことのある家庭なんてザラで、そして複数のペアで飼えばメダカはかなりの高確率でバンバン卵を産む。珍しい事でもないのに一人盛り上がっていた。産卵させるのは簡単なのだ。そう、産卵までは。

 我が家で生まれたメダカの仔魚には、秋生まれという決定的な弱点があった。身体が十分大きく育ってしまわないうちに冬を越さねばならないのだ。最難関と言われる孵化後2週間が過ぎても100匹以上の仔魚が、合計二つの容器にウジャウジャ泳いでいて、私はもうこれでいいやと外の鉢に出してしまった。
 最初に身体の小さな者たちが死んでゆき、比較的大きな者を集めたが、寒さのせいか、数十匹居たものも最後にはたった2匹になってしまった。中に生まれた時からひときわ体格のいい仔が居て、それはやはり生き残っていた。

 なんだか恐ろしくなった。

 親が食べてしまうから、と卵を救い出して孵化させるところから既に人の手が介入しているのに、最後の最後まで手をかけずに途中で放棄した結果、この2匹だけが寂しく冷たい水の底にじっとしている。
メダカの寿命は、せいぜい2年かよくて3年、短くて1年らしい。
春に産卵し、秋にはそこそこ育って、冬を越し、次の春に親となってまた卵を産む。このライフサイクルが、私がメダカを手に入れたのが9月だったせいで、大きくズレこんでしまった。そのせいで生存率がぐっと下がってしまったのに違いない。

 残った2匹を室内に移し、水温を上げて春が来たことにし、エサを与えてみたが、まだ食べない。この子たちがあと3〜4か月で成魚になるのか?小さすぎて甚だ頼りない。ネットや本で情報収集しながら四苦八苦しているけれど、どこかで
「なに、メダカなんてたとえ全滅してもまたペットショップで買える。」
と思っている自分が居るのも確かなのだ。

 これじゃまるで、育成ゲームに飽きてリセットを繰り返すゲーマーのようだ。私は神ではなのに、小さな魚の命をいかようにも(悪い方により可能性は大きいが)出来てしまうのだ。そのことを考えると何だかウンザリする。

 英語ではライスフィッシュともいうらしい、メダカ。米粒よりも小さい仔魚を眺めながら
「早く大きくなっておくれよ」
と毎日声をかけたりしている。また氷が張るほど寒い時期を仔魚のまま耐えなければならない子が産まれるのは面倒だから。


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