a short piece

2004年09月05日(日) 光線遊戯【28】

まずい。
今、わしは非常に追い込まれております。

柳生ってやつは、ひとつ不審なことにひっかかるとなかなか前には進んでくれん。えらい融通のきかないところがあったりする。

「朝、校門であった場合は一般的常識からして、まず『おはよう』と挨拶するものではありませんか?」

無表情にそう言う柳生が隣で汗を拭いている。
あれからもう6時間はたっとるっちゅーの。
既に夕方に近い時間になったというのに未だにお怒り中っていうのがやっぱり彼らしい。
コートを後輩にあけて2人して休憩中。
背にしたフェンス越しに差し込む西日が汗ばむ背中を照らしてくれる。
やーもう暑さ倍増、焦りも倍増中らしい。
マネージャーが用意していたドリンクを飲みながら、ぶつぶつ言う相方の姿。
こうい時に逃げ場がないのはダブルスの切なさだ。こんなんでこれまたホントのことなんてゆーた日にはのう〜。怖い怖い。

「すまんすまん」

ちゃんと残してあるドリンク半分貰いつつコートを見るふりするが、そりゃもう案外視線の強い柳生の頭ん中がジリジリしているのが判って参る。
このまま、もたれてるフェンスの網からこうするっ〜と抜けて逃げられんかのう。

「今日から夏服になるっちゅーのをわすれとったんよ」
「は?…ですが仁王くん、ちゃんと制服はきてましたよね」
「はい。きとりましたね」
「なんなんですか?アナタは」
「そう気にせんでも…」
「気になりますね」

そういいながら柳生がフェンスをガタガタ背中ごと揺らしてくれる。
あああう…少しか何か気が付いてくれんかね。

「うるさいぞ」

傍のベンチにおった真田が指して来る。おお、いいタイミングだ!大将!と…思ったんだが、やっぱり案外きついヤツがばっさり聞き捨てる。

「失礼。後10分休憩ほど頂きます」

げえぇ。まじかい。そのまま尻尾掴まれてコートから引きずり出されていく。助けようってやつはこの部にはおらんのかいな。どいつもこいつも『いってらっしゃい』みたいな顔しくさってー!

「イタイ!イタイ!髪はなしてー!柳生!ハゲるってー」
「五月蝿い」

むごいな〜オレの相方は。
誰の助けもいただけないまま、コート外に引きずり出されてフェンスに押し付けられる。

「さっさといいなさい。『しまったのう…反則技だろ、それ』というのはどういう意味なんですか?」
「あーいや、そのまんまなんですが…」
「人の顔を見た途端、朝の台詞がそれ。どうそのまま受け取れと?」

柳生が首を傾げた途端、その背後から夕日が射してきた。眩しいなぁ。
同じユニフォーム。ナイロンの繊維から夕日が透けている。
均整の取れた肢体を射す暮れの光は色も濃い。
全身を染める光。同じ光。でも朝と夕方とじゃ気分が違う。でもサワヤカな朝のほうが卑猥に感じるのはなんでだ?

「わからんな。謎だ…」
「は?」
「朝の太陽のほうがこう…感じるもんがないか?」
「なにを?」

鈍い。どうにも鈍い。適当に誤魔化したほうがよかったのかもしれん。どうにもリライトしてくれる気のないこいつにはホントのことを吐き出すしかないんかのう。

「んじゃ、きっちり翻訳したるけど殴るのナシな」
「それは殴りたくなるような内容ですか?」
「あーたぶん、ぐーで殴りたくなるかも…」

そういった途端、柳生の手がぱらっと解けた。腕を組んで、オレと同じにフェンスに凭れる。どうもその先をそれでも聞くかどうか真剣に悩んでいるらしい。別に考え込まれるほどの内容でもなんでもないんだが…。

「みてみんしゃい」

ついと夕日を指差すと、素直に柳生の面がぱっと夕暮れの朱に染まった。
ちっちゃい頭掴んで寄せ、西日に浸ったまま、その耳元に秘密のセンテンスをいっぱい続けて囁いてやる。
耳の奥の鼓膜にぽつぽつ棘が刺さる程度に。小さな声で。
支えるフェンスがきしんだ音をたてた。
ひとつ言葉を刻めば、眼鏡の奥で不審の瞳が猜疑の色に替わる。少し退いた視線を見ながら続けて刻めばもう猜疑より驚愕が勝っていた。

ほらな。
そんな顔するって判ってたから黙っておいてやったのに。
それ、その顔が反則だって。
夕暮れの朱に染めかわる肌のグラデーションを間近に見つめながら、その戸惑いを感じる。
こんなの、誰もみたことないだろ?俺だけだろ?

「そんなこと…」
「ああー聞いちゃったなー柳生くん」
「だってそんなこと言われても本当はなんの…」
「意味ない、なんていわんでくれ」

正面で言葉に詰まる姿。そんなの滅多にみれるもんじゃない。

「忘れんで。いつでもオレはそういう目で見てるんよ?」
「おかしいですよ」
「そりゃもうオマエの夏服みて欲情するくらいにはのう」

反射的に出た拳がガツン!と頭の上から降ってくる。ああもう予定通りだ。
人んコト殴っておいて、それでも呆然としたままの頭をくしゃくしゃにしちゃる。あっというま。形勢逆転や。
こうしてストレートにいってやったほうが頭の中から抜けないもんだろ?なあ?

「なんでも知りたがるとエライ目にあうって判ったか?柳生くん。隠してるときはいえない何かがあるってこと」
「自分の性格が恨めしいですね」
「お勉強したな」
「全くです。おちおちシャツも着れない立場に自分がなっていたとは知りませんでしたよ」
「にぶいのう、こんなに愛情いっぱいみちあふれとる目でみてるのに」

ガットの隙間からモザイクかけてみつめると、夕日に染まる苦笑いがひび割れてみえる。
でも、これくらいの間隔をとるのはホント今のうちよ?柳生。
覚悟しろ。聞いてしまったもんは頭ん中から消せないだろ?
これからひとつひとつ、言葉いっぱい視線いっぱい積み上げて何もかもいっぱいにして最後は溢れさせちゃるから。
どこにも逃げられないくらい、追い詰めてやるからの。
朝、何も考えないで無防備に手なんて振るほうが悪い。
朝の光なんて清らかに浴びて、透けて見える肩も腕も白いシャツから覗く指先も全部悪い。ああして誰もみせたことのない顔をみせるのが悪い。
全部悪いんだからな。

「もう戻らんとヤバいんちゃう?」
「そうですね」

柳生が眼鏡を外して目を擦る。少し自分と似てる一重の瞼が何度が御疲れ気味に瞬くと、盛大に溜息めいいっぱい零してくれた。

「ひどいな〜」
「どっちがです?」
「オレかね」
「…私はおかしな顔してませんか?」
「まあ、あれくらいな感じかもな」

先にいってしまうだろう柳生の後姿を眺めながら落ちる光を指差してやる。
案の定そのまま、いってしまう強情さに声を殺して笑った。

一番紅い夕日が校庭の端に沈む。
ああ、眩しいなぁ。
同じユニフォームの裾から零れている夕暮れの光をラケットで掬う。
隙間から覗く肌を射す暮れの光。
綺麗だとおもっちまったんだからもう末期や。
そりゃもう不毛な世界かもしれないけど、どうせ100年後には今生きているやつなんて誰いないんだから。
それなら、いくしかないだろ?
こうして紅い空が迫っている。
落ちるしかない午後6時過ぎの太陽みたいに。
いくしかないだろ。なあ。



「コートでは悪戯しないでください」
「はいはい」
「はい、は1回でよろしい」
「拝。」



さあ、始めようか。

これから先のゲーム。
どこにも逃がさないで追い詰めてやるから。

道連れにしてやるから。

何処までも。
判ってるだろ?

逃げ場なんてどこにもないこと。

そう。判ってるだろ?
柳生。







end.













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