a short piece

2004年09月01日(水) summer time blues【リョ不二】

いつも乗りなれたバス。
この時期、毎年拠点につかっているコンドミニアムは終点から程近い距離にある。
bus‐stopを気にする必要はない。
俺はいつもただぼんやりと外の眺めていた。
もう見慣れてきた、ロンドン郊外の景色。
都心部の喧騒は来る度になぜか気分を高揚させる。世界中をまわるけど、肌にはあっている街だと思う。煉瓦の道。建物は古くもあり銀色に光るビルディングもありで、纏りがないようで、それでもなんかしっくりきてる。
古くて忙しなくて新しくて、保守的。どこか自分の母国のイメージに被る。
外を歩く人たちの人種豊かな顔。顔。顔。
もう見慣れた。育った世界に戻ったに近いから特に感慨もないさ…。
生来、言葉は不自由じゃない。そりゃ少しは癖もあるけれど基本は同じだ。
俺は髪も目も真っ黒で、身長だってそりゃそんなに際立って高いわけではない。
血筋はアジア。だけど国籍はそうじゃない。
そうじゃない国籍を俺は選択した。

5月の終わり。
ここで行われる世界的な大会に備えて少し早めにイギリスへ来ていた。
都心部から長距離のバスで郊外に向かう。普通だと列車を使用するもんだけど、バスのほうが俺は好き。物思うにはちょうどいい時間だから。
今年はシード権がある。当然勝ち上がる。勝つためにここにいる。
自分の目指す光だけを求めて…。
自分の中にしかない、捨てきれない勝利への衝動を吐き出すだめに。
自分になる。俺にしかできない世界を生み出すために。
そう思って、やってきた。
うまいだけのテニスだったらもう充分に俺は巧い。テクニックを競うだけならどこでだってできる。でもそうじゃない。
そう知らされた10年前の俺。

あの暑い夏から俺は変わった。あの時、俺は目覚めたんだ。
誰にも負けない、負けないってことが強さの全てだと思ってきた俺を目覚めさせてくれた、あの夏の日々。
今でも続けている人もいれば、もう公式なテニスタイトルの場では出会えない人達もいる。もうテニス自体を辞めてしまった先輩もいるし、別な夢を追う人もいる。
それでも青学で過ごした数年間。
あの時の先輩は今でも俺の中では永遠に「先輩」と呼んでしまうだろう。
そう思える。
10年たった今でも…。

人の乗りがあまりに少ない車内。
最後部の席に座る俺の前には、金髪の老夫婦が1組。それと若い学生が一人、ずっとペーパーブックを読みふけっている。そのずっと前には濃い茶色の髪の人が1人。
いつからあそこにいた?空いた隣の座席を置いているのはテニス用のバッグだ。
もっと早く気が付いてもよかったんじゃないか?
ぼんやりと、そんなことを思う。あんな前に座っているってことはあまり地理に詳しくはないんだろう。運転手の目線で、多分必死に道を見ている。
日本人だったりして…。ついそう思った。
日本人にしては茶色い髪だけど、今時黒髪のままのヤツを見つけるほうが大変だ。あれくらいなら不二先輩だって同じくらいの色だった。

懐かしい…。
不意に過ぎる、あの人の面影。
それはいつも同じかたちをしてる。
冴えたブルーのユニフォーム。
気の抜けない、みていないようで人の底まで覗いてる眼。
あの人も巧い人だった。
今でもテニスはしているとは菊丸先輩に聞いたけれど…でも専門は違うらしい。
そうさ。
あの人は別の道を選んだ。
それを聞かされた時、ちょっとした裏切りだと、まだ高校生だった俺は思った。
ある意味、初めて知った裏切りかもしれない。
持てる者は、いつもああやって平気で天分の才を捨てるんだ。
その価値も大切さも知らないから…。
そう。
あれも夏のことだった…
不二先輩が「僕、テニスは辞めるよ」ってあっさりいいやがった時。
俺は一瞬言葉がなかった。
彼だけはそれはないだろうと、何故か確信していた。それなのに!
あんたが手に入れることができるはずの未来を、天才ってヤツは随分あっさり捨てられるんだね、って子供みたいに詰った。
あの人はただ微笑んでた。

「力だけを追い求めることを望んだことは、僕は1度もないんだよ、越前」

ひでぇ台詞。俺への当て付けみたいじゃない。
あの時、最後の江戸川の花火が夜空を染めていた。
夏のおわり。
俺が憧れつづけた横顔を、最後の花火が照らしていた。

忘れない。
その冬、俺は生まれた国の国籍を正式に取得した。


過ぎ去った日々。
誰もが過ぎて通る時代。今思えば、どうしてあんなにも形ないものを追い求めて、闇雲に走っていられたのか不思議なくらいに。
儚い思い出。
壊れるものは壊れ、それでも繰り替し捨てられない者が最後に残る。
諦めない者だけが残る。あの時はみんなが同じ夢を真実、分かち合っていたはずなのに。それなのに。
いつのまにか、道は散り散りに分かれている。
そんなものだ。
あの瞬間がまるで永遠のように感じたのに。
大人になってしまえば、こんな風に思うなんて…。
あの夏以来、俺は少しも成長しちゃいないんじゃないか?
そう思うと恐くなる。

急に身体が前に傾いだ。
バスが停車して、物思いに引きずり込んでくれた茶色い髪の人がバッグを手に降りて行く。
その、長く真っ直ぐな髪に隠れた横顔。
やっぱりどこか似ていた。
振り向いてくれないか、と願うがあっさりとタラップを降りていってしまう。
その駅は終点のひとつ前だった。定刻通りにバスはエンジンをかける。
閉まるバスの扉。
エアー音にかき消される、日本語。

「大丈夫だったか?」

日本語だ!
走り出したバスの窓越しに張り付く。
夕闇が迫る西の太陽を身体いっぱいに浴びた2人。
2人が立っていた。
間違えようもない彼らだった。
ランニング中らしいトレーニングウェアの部長は昔とあまり変わっていない。
びっくりするくらいに変わってない。光跳ねる黒い髪も、ストイックな、どこか厳しい顔も。何もかも。
走り出すバスの窓から、彼が、あの人が見上げるように顔を上げるのを確信的な気持ちで待つ。
空いている左手が長い髪を耳にかける、丁寧な仕草。長い指でまっすぐな髪をかきあげる。
そこにいたのは、そこに見えたのは間違うはずない、先輩だった。
その薄めの、近くでみると少しオレンジ色の唇が「tezuka」と笑みの形を縁取る。
見上げるように微笑む人。
ああ。
変わってない。かわらないんだね。先輩。
衝動的に左手が窓を叩きそうになって、何故だろう留まってしまった。
自分はもう触れてはいけない。そんな気がして、左手をぎゅっと握る。

その瞬間。
小さくなり始めた、その姿が、その顔がこちらを振り返った。
あの時のように…。
あの頃のまま、アーモンドの形に似た、あの瞳が真っ直ぐにこちらをみて。
そして、微笑んだ。
朱色の炎のような輝きが、その綺麗に大人になった先輩の顔を染める。
再び生まれる、朝日のように…

不二先輩。
あの時、欲しくて、ただ憧れ泣いた夢。
あの夏の夢を、今も俺は手にしているんだろうか。
何度と焦がれ胸から溢れた見果てぬ夢。
ただ力だけを求めて、幼い夢を鼓舞し、強さだけを武器にしてココまできた。
俺は間違っていないか?今まで繰り返して歩んできた道は間違っていないか?
そう自問しながら生き続けて来た、この道。
過ぎ去った日々。
あの時、みんなが一度は同じようにみた夢。
あの夢は一体、誰が手に入れたんだろう…?
諦めるたびに泣いた夢を今も誰かが抱えてるだろうか。
こうして、まだ走る俺のように。

朝日の様に滲む今日の空。
新に踏み出す。
あの夏と、なにも変わらない。
俺は決められた最後の駅に、あなたと同じように右から降りる。
この道を選んで俺は歩く。
選んだのは自分。輝くような幼い若さを恨むのもいい。
これでも少しは大人になったんだろうって思えるから。
そんな全て、取り巻くもの、すべてを愛している。
そう思う。
そう思いながら、自分にしか出来ない人生をこうして生きていきたい。
祈るように。
尽きる果てまで。


もう何処にもみえない、あの人。
今は俺にも守るべき人がいて、守るものもある。それでいいんだよね。
先輩。

何度と思い焦がれ、未来を憂い、馬鹿みたいに自分勝手に傷つきもしたし、誰かを傷つけもしてきた。

けれど、それでもやっぱり…

ここまでずっと貴方だけを愛していた。
そう認めるよ。

あの夏のように。

見果てぬ夢のように。
ここまでずっと…

夢をみて。

貴方だけを。

愛していた。








end.
















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