2004年08月26日(木) |
unposted letter【塚不二】 |
土曜日の昼。 出かけようと思って、玄関をでるとポストに白い封筒がふたつ入っていた。 同じ色。白地の封筒に、金色の扇子を模した封印。 秀麗な筆文字で書かれたあて先には姉さんの名前と、そして…。 もうひとつは僕宛だった。
『不二周助様』
なんて綺麗な文字だろう。 そして差出人の名前をみて、ああ…そうか…と納得する。 そうだよね。こんなことがあっても全然おかしい年齢じゃない。 姉をみていると、まだまだって気がしていたけれど、おかしい年じゃないよね。 でも、ひさしぶり。 本当に、久しぶりの名前だった。 印刷された、その名前をみるだけで噎せかえるような花の香りを思いだす。
いつも思い出すのは甘いアイリスの香水。 HERMESのイリスの香り。
そう。 あの夕暮れ。 フェンス越しに姉と一緒にいた貴方と会ったことを思います。 そんなに過去のことでもないけれど、なぜかな? とても昔のことのように思えます。 あの時、僕はまだ子供で…。本当にありきたりの子供で…。 貴方のしていることが判らなくて、許せなくて、悲しくもなったけれど。 それすらも今の僕には優しい思い出になってしまっています。
あの時、貴方には恋人がいた。 それは決して祝福される恋人ではなかったし、幸福なゴールなどありえないことだったけれど、貴方はそれでもいつも切なく綺麗に笑っていた。 そんな顔までして、昨日泣きはらしたままの目をして僕に微笑まれたって、僕はなんにも嬉しくない。 どうして僕には言ってくれないの?貴方のことが好きみたい、って僕は何度もいったのに。 貴方は一言も言わなかった。 当たり前だよね。 僕はまだ子供時代の甘ったるさを引きづったままの男の子だった。 貴方は充分過ぎる程に大人で…。同じ年の姉よりもずっと大人に見えた。 そういう恋をしていたからだって気がついたのはとっくに壊れてしまった後だったけれど…。
『やっぱり先の見えない愛って恐いよね。勇気ないよ…』
そういって髪を結い上げる貴方の後姿。 今でもはっきり覚えている。
『周ちゃんは胸はってみんなにいえる恋ができるといいわね』
あの時は、僕と一緒にいて今なんでそんなことをいうの?って怒ったよ。
そう。恋をしていたのは僕だけ。 貴方は少し疲れた心を一時休めただけだった。 その事に、暫くの間は何も手がつかないほどに腹も立てた。 不倫なんてバカじゃないの!ありえない!って怒っていた姉。 本当のことなんていえずに、僕もやっぱり同じように思ってた。 ありえないよ。人のもの、好きになってどうするの?って思ってた。
ああ。ほんとにね。 僕は当たり前だけど、何ひとつ知らない子供だった。
ごめんね。 今の僕ならほんの少しくらいは貴方のことが判ります。
ありえないことなんてない。 僕は彼に惹かれ、貴方とは少し違うけど、やっぱりはっきりとは人には言えない恋をしてしまって…。 そうしてほんの少しは大人になったし、手塚と2人でとても幸せで苦しくもある……でも、とても幸せだとも思える時を過ごしてきた。 そうして仕方のない恋もしてしまったし、とりかえしのつかない思いもした。 秘めなきゃならない傷みも、その喜びも知って…。 いつかは貴方のように終わるのかもしれないけど、それでも僕も貴方のように傷つくまでずっとこの思いを貫こうと思っているんだ。
そう。 だから、そんなに気にはしないでほしい。 きっとあの時、僕を傷つけたこと、今でも心のどこかにひっかかっているんだね。 大丈夫。 僕は元気でやっています。 ようするに相変わらずです。 僕達の道は遥かに離れてしまったけれど…。 それでも今のほうが貴方のことがよく判ります。 思い出すのは、貴方の香り。 貴方の気持ち。 はるかに優しいアイのようなものだけが僕の記憶に残っています。 あの頃、貴方に話していたこと。 今も僕はやっぱりテニスをしています。あの頃よりは少しはうまくなったと思います。 だから、今の僕からなら貴方に渡せるものもあると思います。
この葉書には、ただ「欠席します」に丸をつけよう。 そして、そのまま投函せずにそっとしまっておきます。 ただそっと胸の奥で願うから。
ちょっと生意気だけど…心から…。
君に幸あれ。
もうすぐ結婚する貴方に。
僕の永遠の人へ。
end.
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