a short piece

2004年08月16日(月) over flow【塚不二】

少し歩こうよ。

そういったのは僕だった。

天王洲セントラルタワーで以前から凄く好きだった造形作家がディスプレイをしていると聞いて、どうしても行きたくて、ちょっと嫌がる手塚を引き釣り出した。
いつもならここから近いコートにいくところなんだけど、手持ちが厳しい月末だから、我慢に我慢したんだ。

まぶしい遅い午後の日差しを反射するシルバーのディスプレイに見送られながら、2人の帰り道。
かんかん照りのアスファルトと、むせ返るような照り返し。
横を時々通り過ぎるトラックの排気熱が歩道を歩く僕たちにありえない温度の風をふきかけてくる。
それでも澄み渡る空と、河沿いを吹く風が頬に心地よかった。
からだ全身に皮膚うっすら一枚増えた被膜は、微かに赤くなった肌のうえで太陽を弾いてきらきらと輝いてる。
天王洲アイルから、ふれあい橋を抜けていくと、高浜運河沿いに人気のあまりない道が続く。週末は休みになるオフィスが多いから、あまりこのあたりを歩く人も少ないみたいだ。

「あぁ〜風がすごくきもちいいよね」

うんと背を伸ばせば目の前に広がる運河がみえる。水草が映えて緑に染まる水面は風を受けて波立っている。
襟元を緩めて、ぱふぱふと風を含ませると、抜ける風はシャツと素肌の気温を1℃さげてくれる。

「夕方になって少し風が出てきたみたいだな」

割合足の速い僕たちだから、あっという間に楽水橋の入り口にきてしまう。橋の真ん中まできて、運河からふうっと吹き抜ける香りに2人して立ち止ま
った。
欄干に手を置いて、西の空をみつめる。
まだ青い空に、ほんのり照れた色の羊の綿雲がぷわぷわ。
西の空に白い月が浮かんでいた。
柔らかな風は、運河独特の少し淀んだ癖のある匂いがする。
でも僕は案外嫌いじゃない。
この匂いが夏の記憶のひとつだから。

しばらくそうしていると、手塚が頭のてっぺんで、くしゃくしゃになった髪を摘んでは撫でつけてくれる。
風で巻き上がる長く伸びた髪が丁寧に元に戻されていく。

「随分伸びたな」
「そうだね」

肩に触れた手の熱さ。
夏には触れるだけ暑いと感じる。ああ、これが手塚の熱だなぁ…と感じる。意外と体温が高い、君の熱だ。
そう思って見上げれば、ついと触れてくる唇。
少し開いたままの瞼の、すぐ近く間近にいる彼の姿が歪む。ああ焦点が合わなくなるよ、手塚。
何より熱く触れてくる、くすぐるような5秒の熱風。
欄干が急に熱く感じて、手を離すと少し湿り気の抜けた髪にkissされる。

「ここまでならいいか?」

刷いたマンゴーオレンジの空。
手塚が笑う。
そっと耳朶を撫でる風に、肩を竦めると誰もいないのをいいことに手を取られる。
そのまま、ひっぱられるように歩き出す。

せわしない僕らの毎日。うまくはいかないことも色々あるけど、でも少しだけでもこういう静けさが分かち合えるといいね。
そう思う。

「これ位、風があると外を歩いてもいいな」
「ね」

そっと掌に集まる熱があふれる。こうして突然貰う君の気持ちを、収める場所は探しにくいね。
だから後5分。繋いだ手の間を風が吹いていくままにしていよう。
この橋を降りればせわしない喧騒が近づいてくるから、それまではこうして2人だけで風を感じていよう。

浜松町まで10分。
予定よりずっと倍の時間をかけて、君と歩く贅沢な時間。
ほら、日が落ちてきたよ。
鮮やかになるオレンジ色の光。
このまま、ゆっくり歩いていこう。




end.


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