2004年08月12日(木) |
silent noon【塚不二】 |
何もする必要のない時間っていうのは、どうやってやり過ごすものなんだ?
そんなことを考えながら、遅い午後の中庭を歩く。 治療のため、南に来てもう一週間。 はっきりいって自由な時間を満喫することなんて、ほんの3日もあれば飽きてしまう。 決まりきった時間の食事。医者との会話。トレーナーとのディスカッション。そんなものがある時はまだいい。 でも、何もない、ただ「休み時間」というものを与えられて心地よい気持ちでいられるのは、ほんのわずかな時間だけのことだ。 目覚める度に、ありきたりの時の流れにうんざりしてしまう。 判っている。これが必要な時間だということ。 それはちゃんと判っている。 だけど、なにもしないことに慣れていない体も、頭も、すべてが逆にひりひりと過敏になっているようだ。 この感じたことのない苛立ちをどうやって静めればいいのか。 ぼんやりする時間がこんなにも苦痛だってことを、オレは知らなかった。
あまり馴染みのない、南の色合いが満ちた空。 ブーゲンビリアが咲き乱れる庭に、冴えた青空に伸びる蘇鉄の緑。 午後2時からの「無の時間」。 大体の人は昼寝にあてるようだったが、オレは夜にちゃんと寝ているし、 いつもに比べればまったくといっていいくらいに動かしていない体には疲労もない。 横たわって、休息を欲しない体。 誰もいない庭。 静かな午後の日差しと、遠くに聞こえるラジオの音。 庭にしつらえられたrattanの椅子に腰掛けた。 ちゃんとわかっている。 すべて自分で選んだこと。 それでも一人だけで、この庭に佇むと、いやに孤独の色が濃くなる。 ただ足元にうつる自分の影だけが同じくらいに濃いなんて…。
空を見上げ、遠く離れた、あの顔を思い出す。 あの時、あの自分に出せる力のすべてをかけたことは今でも決して後悔はしていない。 何者よりもかえがたい、瞬間だったことは否定しない。 ただ、あの時。 帰りの電車の中で、無言のまま、やりきれない怒りを窓にぶつけていた君を覚えている。 瞳を閉じて、あのときの君を思い出す。 そんなに怒らないで。 充分には君の怒りも苦悩も享受することはできないけれど。 その感情を感じて、ただ嬉しいと思う俺がいる。 今、こうして君のいる時間はオレを残して過ぎていくけれど、それでも君の中にはいつもオレがいるだろう? 君の中にオレが生まれる瞬間、オレは君と一緒に物を見て、すべてを感じ、君の身体の一部となって動いているだろう。 そう思いたい。
こうして何もない時間には、じっと目を閉じて君のことを思い出すよ。 君がいつものように少しの苛立ちを隠したまま、ラケットを持ち、コートにはいっていく。 何度か、くるくるとグリップを握りかえして感触を確かめるしぐさ。 コートにたって、相手をみる前にいつも空をみあげる癖。 そのしぐさ。そのすべてを、いっぱいに思い描こう。 この静かで無為なひとときすら、鮮明な君の記憶と共にある時間にしよう。 それしか、今のオレにはできない。 この思いを…。
午後の回診を知らす鐘が鳴る。 また明日。君と会おう。
こうして……
end.
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