光を避けるために、ぐっと目深に被っていた帽子を外してみる。 2つ続けた台風の、やっと過ぎ去った夏の日。 真っ青な真昼の空。 噎せるような熱気と、突き刺さる午前11時の日差し。 見上げれば、目の奥がチカチカするくらいの、太陽の光だった。
乱れた髪をかきあげれば、指先に触れる汗の湿り気が髪の隙間から立ち上る。 あっちぃなぁ〜。 つい黙っていられなくていってしまう。 だけど口にすれば余計に気温が上昇する。 ただただ暑い。
どんなに暑かろうと元気の盛りと、河川敷を走る子供の姿。 どんなに暑かろうと今が見せ所と、腰を抱きあう恋人達の姿。 真夏の川なんて、あつっくるしいことだらけだ。
いつもはちょいと結ぶ後ろ髪をがじがじと掻き乱す。 零れる肌の熱を撒き散らして、どうにも誰の邪魔にもならない場所をみつけて、芝生に足を投げ出す。 ここまで暑っついんじゃあもうお楽しみ我慢大会に参加するしかないんや。 強がって涼しげな平気な顔でなんて、どうやったって歩けるか!
ああ〜息苦しい…
まるで風のない川岸。 日差しを避けて目を閉じ、ぱふぱふと帽子で仰ぐと生緩い風が頬を撫でる。 マジ気持ち悪いくらいに暑いのう… 肌の露出した部分がチリチリして、痛いくらいに焼けている。
遠くから、ぶぅぅんーと草刈機の音が響く。 この気温と雨で、うんと丈を伸ばした芝生を刈っているんだろう。 川の向こう岸から聞こえる調度いい感じに響くモーターの音。 こんなお天気の中にしんどい世界もあるもんだ。 ご愁傷様で、とつい口にして本格的に寝転がる。 顔面に刺さる日差しを避けようと、帽子を顔に被せようとした時。 汗ばんだ額を、ふうっと風が吹き去った。 それは涼を感じるよりも、もっと違う何かを思い出させる。 あれ?
気紛れな一瞬の風。 濡れた芝生の、駆り散らされた草露の匂い。 噎せかえる荒々しい緑の匂い。 還る記憶はもうひとつの姿しかなかった。
ああ、そっか…。 こんな季節に、こんな芝生の上で出会ったんだったか?
眩しさに耐えて目を開けてみる。 燃えるほどの真夏の熱。光。光。 そして、どこまでも何ひとつない空が世界いっぱいに広がっていた。 なんにもない。 雲ひとつない剥き出しの青い空。 世界いっぱい空ばっかしだ。
「なにやってるですか?仁王くん」
不意に眩しい光の真ん中に、記憶の顔がひょっこり飛び出してきた。
ああ…眩しいなぁ…
「よ、ヒロヒロ」
「なんの照れ隠しですか?ソレ。気持ち悪い…」
「嫌なやっちゃ。思い出し笑いしてただけだろ。お前タイミングが良すぎるんじゃ!」
迫力ない悪態をついても、少しだけ柳生の眉が動いて溜息が落ちてくる。 それだけだ。
見上げた空には雲ひとつない。 目の前にあるものは1つしかない。
口説き落とすつもりいっぱいいっぱいで吐き出した山ほどの言葉。 耳の片隅に隠してた真実だけ、上手にお前が拾ってくれたからやっぱり今日もこうしてるんだろうか。
上等な夏の記憶。
空一杯に。友に光。それが自分だけの夏の色。
end.
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