a short piece

2004年08月07日(土) dawn valley【塚不二】

夜のモノレールが好き。

そういったら、手塚はいつも何も言わずにただ手を握ってくれた。

−−−−−

午後8時。

夏の日差しも落ちて、街の灯りが湾岸に眩く煌きだす。
モノレールの駅から程近いテニスコート。
ここまではあまり知り合いも来ないから、僕達は時々ココに来ていた。
何度も来て思うけど…そうだね。やっぱり夜のほうが好きかな。
初めてここに来たときも、夜だったから。

夕方まではプレイしていた天空橋あたりの住人も、夕食の時になれば散り散りに去っていく。
4面あるコートも、この時間になれば僕達2人しかいなくなる。
それからの独占感がたまらなく好きだった。

羽田から都心に帰るモノレールが夜の空をふたつに分けて走っていく。
モノレールラインからコートはとても近い。
よくみれば、中に乗っている人の顔だってみえそうなくらいだ。きっと窓からみれば、ここでこうしている姿もみえているだろう。

何十分ごとに絶え間なく走るモノレールの音を聞きながら、同じように何度も繰り返し、同じ音で正確に自分の元にに帰ってくるボールを打つ。
繰り返し。繰り返し。
つまんない。
同じ場所に帰るように打つことなんて、すごく簡単。簡単すぎてさめちゃう。
テクニックに酔えるのなんて、ほんの一瞬のことだよね。
誰かと交える喜びを知ってしまうと、シンプルな壁打ち練習なんて飽きてしまう。
そうでしょう?
だってもう8時なんてすぎてしまった。もうさ。明日の予定はキャンセルだよ。
こんな気分で何も出来やしない。

最後の壁から戻ってきたボールを手に収めると、僕はクレイコートを降りた。
夜の飛行機の音は嫌い。こんな音が始終頭の上で、わんわんいっていたら騒音だ。

轟音が夜空に、見えない幕を張る。着陸態勢に入った飛行機のテールランプが定期的に瞬いている。
たくさんの人を乗せて降りてくる白い機体。
ああ…あれに乗っている人をきっと僕のように待っている誰かがいる。
うらやましい。待つ人はきっとちゃんと時間とか聞いてる。待つ場所はどこかにしても、きっとどこかで待っていられる。
こっちときたら予定もたたないから、つい時間つぶしに空を見上げてしまう。
ふん。

拭く汗もないから、何時の間にか投げていたタオルを拾い、大人しくケースにラケットも仕舞う。
むなしい感傷に浸るだけなら、それこそどこでだってできる。
鞄を待つと、僕はコートから出ようとした。

「なんだ、もうかえるのか?」

聞きなれた声がして、僕は顔をあげた。
夜のコートライトの下、白いシャツに大きめなオーバーナイトバッグ1つだけの、にくったらしい彼がいた。
どこもかわらない彼だった。せいぜいジャージじゃないくらい。

「…夜になるだなんていってなかったくせに」

オレンジがかった灯りの下でつい悪態をつく。
週末帰ったら行くよ。
それだけのメールで、僕がどれだけイライラするか。

「どの便に乗れるか判らなかったからな。なるべく早い便に乗りたかったんだが、もし明日にでもなったら困るだろう?」

いらつくヤツ。こんなヤツ。

コート脇にどさ、と、バッグを置くと、手塚がそっと抱き締めてくる。
髪に触れる感触とか。むかつく位、優しくて…つい蹴飛ばしたくなる。

「モノレールの窓から不二が練習しているのがみえたから慌てて降りてきたんだ。やっぱり見間違いじゃなかったな」

そう耳元でいって手塚はぎゅーって抱きしめてくる。
もう…。
触れる唇とかこっちはされるがままだけど、もういいや。
そんなこと、いわれたら許しちゃうにきまってるじゃないか。嫌なやつ。
いろんなこと、いってやりたいけど走ってきた何度めかのレールの音に掻き乱されてわかんなくなっちゃったみたいだ。

右手を握られて、強引にひかれて、僕らは肩を並べてコートを後にする。
明日は土曜日。
時間は丸々空いている。さっきキャンセルした予定も全部リセットしてあげる。
そして帰る前にはちゃんとここに来て、少しは僕の退屈を潰していってよね。
もちろんそれくらいは文句いわせない。

日差しも落ちて、街の灯りが湾岸に眩く煌きだした頃に…。
このテニスコートで君と2人で夜を分けよう。
ここまでは誰も来ないから。

こうして何度も来て。やっぱり思うけど…そうだね。
やっぱり僕は夜のほうが好きだ。

end


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