| 2004年08月11日(水) |
とある町の教育委員会 |
に行ってきた。 「ダウン症」と診断された小学校1年生の女の子。普通学級に通って3ヶ月。担任教員が音をあげ、おなじクラスの保護者が「母親の付き添いがないなら、私たちのこどもたちの迷惑だ」と騒ぎはじめた。 学校は、女の子本人の学校生活について、おもだった保護者に情報提供しながら、「村八分」状態になるのを静観する構え。このままでは、夏休みが明けたら、彼女の居場所は確保できないかも知れない。
そんなことで、「母親」を置き去りにして「とある町の教育委員会」へ。
相も変わらず「この子のために」「より手厚い教育を」「発達段階2歳半」などという、本人を目の前にしたら普通は恥ずかしくて言えないようなことを、平気でのたまう。 「きょうは保護者にしゃべってもらおう」と思って行ったのに、爆発してしまった。
母親が地域へ戻って生活したい、という望みをもったから、いまの生活が始まった。そのことと、この女の子が「みんなと学校へ行きたい」と言うこととは、わたしにとっては同じこと。問われているのはわたしたちであって、彼女たちの生き方の選びとりに、「是非」などあろうはずがない。思わせぶりな「ために」がひとを殺す瞬間だ。
適度な喉の運動になったと思いながら帰路1時間、家に帰ると、留守中来てくれた「訪問看護士」の置き手紙。「ご苦労様」不在中は、わたしがしっかりケアしましたよ、という内容。遅々とした足取りだけど、母親を見守る眼差しが少しずつ増えていってくれればいいな、と思う。
|