| 2004年08月02日(月) |
すべてはコミュニケーション権から |
きょうは、庭のゴヨウマツとモチノキの剪定をしながら、介護サービスの人たちのやりとりを、遠くから聴いていた。いぢわるな「利用者の家族」である。 午前中に訪問看護があり、これは母親が入院していた病院からの派遣。 わたしとは非常に気が合う。本人主義の徹底した看護士だ。持ち時間目一杯に看護メニューをこなし、わたしが差し出す冷茶をごくごく飲み干し、冷やしたタオルで額の汗をぐいっと拭う。おみごと。(ときどき抱きしめたくなるくらいだが、それはセクハラになりそうなので抑制)
昼の介護サービス。Oさんは、年若いのに「本人」とのやりとりをきっちりとする。車椅子移乗の際にも、「どうですか?車椅子に乗りますか?」体拭の時も、「からだを拭かせてもらってもいいですか?」きっちりやる。しかもマニュアルでない雰囲気を持っている。おみごと。
午後の介護サービス。昼とはちがうひと。 入院以前から「家事援助」で、家に出入りしていたひとなので、母親との信頼関係はとれている。しかし、母親を「先生」と呼ぶ。 たしかに、家庭科の補助教員として、わたしが中学に行った頃から「先生」をしていた。わたしから見れば、ずぼらな「先生」だったが、高校の頃つきあっていた彼女も教わっていて、なんとやりづらかったことか?(やりづらいって何を?) そんで、「先生、先生」といいながら、介護者自身が思いっきり先生をしている。近所中聞こえる声で「あ・い・う・え・お」とか、発声練習を「させる」のだ。どういう「関係」なのだろうか?
わたしは基本的に、「本人」の自由はコミュニケーションからしか獲得できないと確信している。発語が困難になるまでの期間、彼女がつくってきた「関係」が、いま彼女に逆襲しているだけのはなしなのだ。「先生」と呼ばれながら「あいうえお」することへの抵抗感は、次に目指すコミュニケーションへの、かなり大事なプロセスだと思っている。権利を獲得する闘争は、小さなベッドの上から始まっているのです。
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