「マッチョ……マッチョはいりませんか…?」
おおみそかの近い街角。一人の可愛らしい女の子が、積もる雪で真っ赤になった足を引きずりながらマッチョを売っていました。 たよりなげなおずおずとした足取りのあとについてくるのは、そろいも揃ってブーメランビキニいっちょうのボディビルダー。しずしずと半円形の隊列を組んでは無言で各々ポーズを決め、三角筋を誇示し、テカテカのスキンヘッドの下で磨きぬかれた白い歯を見せて笑います。目が笑ってませんが。
年の瀬の街を急ぐ人々は、女の子のマッチョなんかには目もくれませんでした。っていうか、見なかったふりをしていました。できれば近づくのもいやなので、すごく不自然な軌道で道の反対側を歩いていました。 何せこのクソ寒いのに、女の子の売っているマッチョからはソフトフォーカスでもかけたような白い蒸気が上がっているのです。嗅ぎたくありません。
「あ、あの……マッチョを……」
誰も声をかけてくれないのを見てとった女の子は、ついに勇気をだして、傍を歩く立派な身なりの紳士にすがるように声をかけました。紳士はさっぱり返事したくなかったのですが、周りの人が助けてくれそうにないので諦めて女の子に向き直りました。軸足は後ろです。隙が見え次第スタートダッシュです。
「何かね、可愛いお嬢さん」 「マッチョ……マッチョを一つ買っていただけませんか? あったかいマッチョですよ。すてきな夢が見られると思います……」 「いやべつに見たくないっていうかどう使うんだ? ごめん私が悪かった頼むから答えないでお願い」
よそよそしい態度の紳士を見上げながら、女の子の目に途方にくれた涙が溢れました。お父さんに全部売るまで帰ってくるな、と言われ、朝から足を棒のようにして歩き回っているのですが、日が暮れるまでに売切れそうもないのです。つまりいくつかは売れたのです。マッチョなんてそうたくさん買うものではありませんから、というか売れたら大問題ですから、親切な人が女の子を哀れに思ってくれたとしても差し伸べる手にも限界がありました。仏心を起こしたばっかりに、どえらい災難ですね。
メダリスト級のスプリントで遠ざかっていく紳士の後姿を、ため息をついて見送りながら、女の子はそっと胸に冷え切った手を重ねました。
「ああ、こんなときに亡くなったおばあさまがいてくれたら」 ……いてくれたらどうなるっていうんでしょうか。
それはさて置き、女の子は可愛がってくれた懐かしいおばあさまの思い出を、冷え切った星空に託しました。翌朝、使ったマッチョに囲まれて安らかな眠りについている女の子を見つけた街の人は、巻き込まれないですんだ安堵の涙を交わしながら、やっぱり近づく度胸が無いので遠巻きに見守っていたのです。
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かるい駄洒落。
拍手レス(間があきました。大変失礼しました…)
うまむーさん> ご無沙汰しております、カッパの件では大変失礼しました(汗) 大人のチキンハートにグサグサ来るアンパンマンの感動、共感していただけて嬉しいです。のんきに歌詞を読み直していられるのも暢気な立場のゆえですが、お忙しい時間のちょっとした箸休めになれたなら、それもけっこう悪いことではないなと思ったりします。是非「ふふふ……何も知らぬとは幸せなことよ……」と背後でこっそり企みながら歌ってあげてください。 花見弁当はフッツーに、焼き物が二品しか入ってないお弁当が美味しくできあがったのですが、使い捨てカメラで撮ってしまった写真をどうすればいいか分からず、考え込んでおりました。気を取り直したら、UPしようと思います。
mさま> 初めまして、ご訪問ありがとうございます! って全然失礼でないどころか、いつのどんな時でもコメントを寄せていただけるのは無条件で嬉しいので、どうぞご遠慮なさらず……! 改めてアンパンマンパワーの凄さを実感しております。この内容、大人に面と向かって言われたら反発するのは必至なんですが、同じメッセージをするっと心臓近くまで送ってしまう、これが情報媒体としての力、「メディア力」というものなんだなと、変な感心をしています。そして、「日曜日の取引」にもメッセージありがとうございました(笑 こういう座りのいい短編も好きなんですが、思いつきパワー勝負なので、どうしても運任せになるのが問題です。マルチェロは自分のぶんの指輪はどうしたんでしょうねー(笑 それではまたお待ちしております。ありがとうございました!
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