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2004年07月25日(日) 子どもみたいに

「いいよ」とヒロは言い
片づけた布団をまた敷き、さっさと服を脱ぎはじめた。

******

夕べ、ヒロはすごく怒っていた。
そのあと、話をしていてもまだ怒っていた。
私がヒロの行為をなじっても
「男の本能」と言わんばかりに開き直り、私の言葉を拒絶した。

奥さんなら権利はあるけれど、
法的に何もない、あなたには言われる筋合いはない、
と。

確かにそう。でも・・・。

自分でも思うけれど、私は相当我慢強いほうだと思う。
家庭でもほとんどキレることはないし
キレたとしても、泣いちゃう程度。

もちろん、ヒロと話しているときも
涙がとまらなかったのだけれど。

「もう、いろんなことが、本当にいやになっちゃったな・・」
という私の言葉に、ヒロが言った

「そんなこと言わないで。これから、もっと頑張らなくちゃいけないんだから」

その言葉に、私の中で、ブチッという音が聞こえた。

並んで寝ていた布団から起きあがり、
血相を変えた私は
ヒロに、枕を投げつけ

「頑張れなんて言わないでよッ!」と怒鳴った。

つきあって5年。ヒロは私の怒鳴り声なんて、聞いたこともないだろう。
私自身も、自分の怒鳴り声なんて年に1度聞くか聞かないか、だ。
でも、このときは私の中で、ぐるぐるぐるぐる、怒りとも哀しみともつかない
なんとも言えない感情が渦巻いていて、一気に、すごい勢いで口から出ていった。

「頑張って、頑張って、頑張ってきたよ。毎日のいろいろなこと
いやなことも全部、頑張ってきたよ。自分なりにいっぱいいっぱいだよ。
これ以上、何を我慢すればいいの?何を頑張れというの?」

絞り出すような声をヒロにぶつけ、
布団から飛び起きて、隣の部屋に走っていった。
体の震えは止まらなかった。
わなわな、という表現がぴったりなんだろうと思う。
体の細胞のひとつひとつが、
沸騰している感じがする。
頭ががんがんする。頭の中だけが空洞になってしまったみたいで
心臓の鼓動のリズムが、そのまま頭の中に響き渡る。
がん、がん、がん・・
空っぽなはずなのに、重さだけはあって
涙はとめどなく流れ、しゃくりあげると体全体が大きく揺れる。
手足は硬直していて、重い。
息が苦しい。大きくて重い何かが、のどと胸に詰まっている。

ヒロがあわてて私のところにきて、抱きしめようとする。

「さわらないで!」

怒鳴った。頭の中が自分の怒鳴り声でいっぱいになる。

「来ないで!」

窓をあけてベランダに出た。

綺麗な星、と・・・こんな時でも、思った。

ヒロから逃げてベランダの隅に行った私に、ふたたびヒロは寄り
いやがり、押し戻そうとする私をすごい力で抱きしめた。
ヒロの体格で本気の力を出されたら、私は身動きがとれない。

「私にはもう頑張れない。これ以上、ヒロの前でいい子でいることはできない!」
「嫌われるのがこわくて、いい子にしてた。頑張って頑張った。でも、ヒロには
通じなかった。もう、いやだよ。無理だよ。もう、どうでもいいよ」

声を出して泣いた。
小さい頃、転んで大きな傷をひざにつくった子どもみたいに。
えーん、えーん、えええん、と、本当に、漫画みたいな声が出た。
自分でもびっくりした。
幼い子どものように、泣いた。

ヒロは私をぎゅっと抱きしめたまま

「いいよ、いいよ。頑張ってきたね。ごめんね。僕が悪かった。
もう、全部言う通りにする。ふうこの望み通りにする。だから、泣かないで」

「ふうこ、壊れちゃうよ・・・泣かないで・・」

震えがとまらない私を、さらに強く抱きしめた。



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