BERSERK−スケリグ島まで何マイル?-
真面目な文から馬鹿げたモノまでごっちゃになって置いてあります。すみません(--;) 。

2006年01月25日(水) 「青い狐の夢」5



 食事が終わり、回廊には神学生の群れが満ちる。
これから寄宿舎に戻る者、勉学、写本をやる者様々だが
一番多いのは街へ繰り出す陽気な者達だった。
飲んで騒いで、時々常軌を逸して羽目を外した神学生への抗議が
控えめ、街のギルドから神学校へ届く。
 大抵は「店で壊れた椅子、テーブル等々の修理費をどうにかして欲しい」
であって、飲みにくるなとは言ってこない。神学生の落とす金が街を潤す事を百も承知だからだ。
おかげで神学校の下の街は、娼館、賭け事、バールの巣窟で、堅気の平民達は眉をひそめている。

「で、話の続きなんだが……」

 食堂でセルピコに話しかけてきた者は、やっと安心した様に回廊で話しはじめた。
沈黙でもって行われるべき食事の時間に、司祭から無言のたしなめを示されたので、話はぶつ切りになっていたのだ。

「下世話な話になるが、僕を含めてすべての神学生が最大の興味をもっている事だ。君はあのヴァンディミオンの令嬢と恋仲になって、ここへ追いやられたってほんとかい?」

「…………」

 ああ、まただ。目眩のする様な既視感。
 文字を知らない修道僧が、そらで覚えた教典を意味もわからず延々を唱える様な、大聖堂の空中で消えていく詠唱の様な、同じ音の空っぽな台詞。
 一時の好奇心を満たした後、忘れ去られる話題。現れては消えていく、波の泡の様な、現象。まるで無数の人々の人生の様な……。

「それが本当だったら、僕は今ここに生きてませんよ。僕はあの方の警護役でしたが、身分が違います。役目を果たさない犬は処分されるんです。大ヴァンディミオンを甘く考え過ぎです」

「ふ〜ん、そんなものかねえ」

 栗色の髪の彼は、納得しかねる様に首をひねっている。
火の粉をかぶらない人たちは、ロマンチック過ぎますね、どうも……。
セルピコはいつもの様なひっそりとため息をつく。
まだ癒えない肌の傷がうずく。
幾重にも幾重にも、ムチで、剣の切っ先で傷つけられた傷。
ロウソクの炎の薄やみの中で、セルピコをムチ打ち
ファルネーゼの頬が紅潮していく……。
ロマンスというよりは、闇の中で青白く燃える、欲望そのものの様な閉じられた日々。
その中で感じたファルネーゼの人恋しさに、胸は痛んだ。

「君の入学は皆の注目の的だった。たいそう美しいと評判のヴァンディミオンの令嬢と、禁断の恋に落ちた身分違いの男はどんな奴だとね。でも実際の君はそんな大胆な事に無縁そうな青びょうたん……失礼、もの静かな男で学問がめっぽう出来る。平民から異例とも言われる抜擢はそのせいなのか?とかね。言い出したらきりがない」

 もとは話し好きの人間なのだろう。口さがのないうわさ話も、面と向かって言われれば、むしろ清々したものだ。

「メディチやアウグスブルグが普通にやっている事を
 大ヴァンディミオン家がやれば妙に思われる。貴族社会は気苦労が絶えませんね」

「そうだなあ、僕も貴族の三男坊だし。荒事は苦手だから、後は聖職者くらいしか道がない。メディチやフッガーは富豪だが平民だ。彼らの方が自由なのかもしれないね」

 ふと気がつくと、回廊を歩いている神学生達はまばらになった。
大半の学生が現世の楽しみを求めて、夜の街へ繰り出したのだろう。


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