食事が終わり、回廊には神学生の群れが満ちる。 これから寄宿舎に戻る者、勉学、写本をやる者様々だが 一番多いのは街へ繰り出す陽気な者達だった。 飲んで騒いで、時々常軌を逸して羽目を外した神学生への抗議が 控えめ、街のギルドから神学校へ届く。 大抵は「店で壊れた椅子、テーブル等々の修理費をどうにかして欲しい」 であって、飲みにくるなとは言ってこない。神学生の落とす金が街を潤す事を百も承知だからだ。 おかげで神学校の下の街は、娼館、賭け事、バールの巣窟で、堅気の平民達は眉をひそめている。
「で、話の続きなんだが……」
食堂でセルピコに話しかけてきた者は、やっと安心した様に回廊で話しはじめた。 沈黙でもって行われるべき食事の時間に、司祭から無言のたしなめを示されたので、話はぶつ切りになっていたのだ。
「下世話な話になるが、僕を含めてすべての神学生が最大の興味をもっている事だ。君はあのヴァンディミオンの令嬢と恋仲になって、ここへ追いやられたってほんとかい?」
「…………」
ああ、まただ。目眩のする様な既視感。 文字を知らない修道僧が、そらで覚えた教典を意味もわからず延々を唱える様な、大聖堂の空中で消えていく詠唱の様な、同じ音の空っぽな台詞。 一時の好奇心を満たした後、忘れ去られる話題。現れては消えていく、波の泡の様な、現象。まるで無数の人々の人生の様な……。
「それが本当だったら、僕は今ここに生きてませんよ。僕はあの方の警護役でしたが、身分が違います。役目を果たさない犬は処分されるんです。大ヴァンディミオンを甘く考え過ぎです」
「ふ〜ん、そんなものかねえ」
栗色の髪の彼は、納得しかねる様に首をひねっている。 火の粉をかぶらない人たちは、ロマンチック過ぎますね、どうも……。 セルピコはいつもの様なひっそりとため息をつく。 まだ癒えない肌の傷がうずく。 幾重にも幾重にも、ムチで、剣の切っ先で傷つけられた傷。 ロウソクの炎の薄やみの中で、セルピコをムチ打ち ファルネーゼの頬が紅潮していく……。 ロマンスというよりは、闇の中で青白く燃える、欲望そのものの様な閉じられた日々。 その中で感じたファルネーゼの人恋しさに、胸は痛んだ。
「君の入学は皆の注目の的だった。たいそう美しいと評判のヴァンディミオンの令嬢と、禁断の恋に落ちた身分違いの男はどんな奴だとね。でも実際の君はそんな大胆な事に無縁そうな青びょうたん……失礼、もの静かな男で学問がめっぽう出来る。平民から異例とも言われる抜擢はそのせいなのか?とかね。言い出したらきりがない」
もとは話し好きの人間なのだろう。口さがのないうわさ話も、面と向かって言われれば、むしろ清々したものだ。
「メディチやアウグスブルグが普通にやっている事を 大ヴァンディミオン家がやれば妙に思われる。貴族社会は気苦労が絶えませんね」
「そうだなあ、僕も貴族の三男坊だし。荒事は苦手だから、後は聖職者くらいしか道がない。メディチやフッガーは富豪だが平民だ。彼らの方が自由なのかもしれないね」
ふと気がつくと、回廊を歩いている神学生達はまばらになった。 大半の学生が現世の楽しみを求めて、夜の街へ繰り出したのだろう。
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