冷たく乾いた空気の中、高い天井に食前の祈りの言葉が吸い込まれていく。 食堂はロマネスク様式で、以前は違う目的で使われた建物なのだろう。 主に神へ祈りを捧げる、大聖堂はゴシック様式でなおの事天は高く、その空間は人の為のものではない。神、もしくはその御使いの降臨を待つ空間なので、人の生活に向いている訳がなかった。 どこで祈りを捧げる時も、あまりに高い石造りの建物ゆえ、人の祈りの言葉はいつも天にのぼる途中で消えてしまう。そんな印象をセルピコはもっていた。 やっと食前の祈りの時間が終わり、食事へとありつけるのだが、贅沢に慣れた口には待ち望んだという程の献立では無い。 それでも神学校は修道院の真横にあるので、ヴァンディミオン家で口にしていた物ではないにしろ、それ相応の白いパンが食べられた。今日の汁物は簡単な豆とベーコンのポトフで質素な物だった。堅いパンだったが、それでも噛み締めれば美味であり、水がいい場所なのでエールが思いがけない程よい味で気に入っていた。 セルピコとしてはそう不満のある食生活ではなかったが、夜に神学生が街へ繰り出すのは、肉ともっと酔える葡萄酒と女の為だった。 思い出したくなくも、彼の底に沈む原風景。あの建物ともいえない部屋の、心から凍える飢えと寒さ。幽鬼の様に痩せさらばえた気の触れた母……。 女性は、苦手だ……。 あの生活を思えば、追いやられた修道院とはいえ、十分だった。
「君、さっきの事、同郷の者としてお詫びする」 「?」
食事をする神学生の気配のみで静まり返ったこの場に、セルピコへひっそりと声をかける者があった。
「貴方は?」 「酷いな、一緒の宿坊の者だよ」 「ああ、これは失礼を」
傍らに座る人物は、寝起きを共にする部屋の人間だった。 聞けば、昼間にセルピコへ挑発的な侮蔑を行った神学生達の同郷だという。 神学校へ部屋を取れるのだから、貴族か裕福な商人の家の子息でもあろうが、小柄でしょうしょう落ち着きの無い人物と感じていた。 豪商はともかく、貴族の長男以下はなかなか大変で、聖職者になるか傭兵になるか、そんな処なのだ。
「あんな事は聖都に居た時も日常茶飯事です。気にしていませんよ」 「皆、君に興味があるのだ。良くも悪くも。だからあんな風に粉をかける」
そんなモノだろうとセルピコは思う。新参者、しかもどこの馬の骨ともわからない平民出身の自分は、うわさ話その他の格好の標的なのだ。 彼の後ろに控える大ヴァンディミオンの名と、唐突とも言える貴族への引き上げに、与えられた爵位。どこでもいい噂の種になった。 舞踏会で、貴婦人達の蔑みと好奇の入り交じった視線を思い出す。そして紳士達からは、嫉妬と羨望の目を向けられた。
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