ヴァンディミオン当主から、セルピコにはいつも封蝋された書状が二通届く。神学校の院長宛にまず送られ、呼び出しを受けてセルピコが受け取る。一つは彼に、もう一つはファルネーゼ宛だ。 書状の内容はいつも同じだ。足りないもの、不自由な事があればすぐに届けるとの事。そして最も重要なセルピコに課せられた仕事は、ファルネーゼの所行について事細かく書き記した書をフェディリコに送る事、それに尽きた。 今まで面会した限り、尼僧院でのファルネーゼは大人しいものだ。たぶん、尼僧院長直々の監督下におかれているからだろう。尼僧院長の見守る中、ファルネーゼはセルピコが渡す父の書状を神妙な顔で受け取る。 大きく重い存在があれば従い、言葉に出来ぬ憤懣が溜まれば弱い存在を踏みにじって憂さを晴らす。そういう人間だ、ファルネーゼは。 「…………」 セルピコが学寮へ戻る道の途中に、立麝香の低木があった。風の強い荒野で、木々は年月を経ても上に伸びる事無く、平地を這って根元だけが歪んだ様に太くなる。少し荒れ地を散策すれば、万年郎の低木もあった。いずれも生きた年月の割には、荒野の強い風に枝葉をまかせるまま生えていた。過酷な地では、そう生きるしか無いのだ。 しかし葉を摘めば、気品ある香気が指に残る。 南国渡りの強烈な香辛料よりは、よほど好ましいとセルピコは思っていた。 万年朗の小枝をちぎって、尼僧院の尖塔を見る。陽はすでに地に落ち、スミレ色の残光を背景に浮き上がった。 夕食の時間に遅れてしまうな…。 セルピコはやっと気がつき、風になぶられるまま立ちすくんでいたその場を後にした。
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