ひとりごと
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| さよなら、カオナシのパン屋さん |
2006年07月11日(火) |
開け放した窓から夜風と一緒に 「いつもなんどでも」のオルゴールが聞こえてきた。 私はお財布を持って外に飛び出した。 おなじみのパン屋さんの車が来たのだ! いつものように、うちの前で車は止まって待っていてくれた。 「こんばんはー」「毎度どうもー」と挨拶を交わした。 扉を跳ね上げたハッチの中には暖かい光に照らされたパンが並んでいた。
私のお気に入りは「とうふブレッド」。 このお店オリジナルのお豆腐を練りこんだ天然酵母の食パンだ。 トーストにすると歯ごたえが快く、香りよく、中はふんわり。 優しい甘味がおいしいパンなのだ。 一斤380円はちょっと高めだけれど、これを買うのが週に一度のささやかな贅沢だ。 たまに買うライ麦パンや菓子パンも楽しみだった。
今日はどうしようかと棚を見回す私に、パン屋のお兄さんは 「あのですねぇ」と、真面目な顔で声をかけてきた。 なんの告白?と、向き直った私にお兄さんは言った。 「残念なのですけれど、パンの販売は今日で終わりなんです。」 「えっ?そうなんですか!?どうして…?」
要するに、あまりうまく商売ができなかったらしい。 手間のわりに、売れなかったと言うことだった。 今日のパンを最後に工場も閉めてしまったと言う。
「えぇ?残念!おいしいのに。」としか言えない。 そんなわけでは私にはどうすることもできない。 「毎週とても楽しみにしていたのに…。」 「かわいがってくださったお客様には申し訳ないです。」と、お兄さんは頭を下げた。 「もうこのパンは食べられないのですか?」と聞いた。 「いつかまた違った形で販売することがあるかもしれません。」と、 道の先を見ながら小さい声で答えてくれた。 「そのときには教えてくださいね。」 「はい、真っ先にお知らせします。」と約束してくれた。
今度いつこのパンが食べられるかわからない、と思うと、いくつも買っておきたくなった。 食パンなどは冷凍して保存できる。 そうだ、今まで食べたことがなかった菓子パンやロールパンも買っておこう。 気になっていたあのパンもこのパンも、もっと早く食べておけばよかった。
「それではこれだけお願いします。」と、選んだパンを台に並べた。 2000円以上になってしまった。 それでも、まだ棚の中にはたくさんのパンがあるのだった。 「まだ、こんなにいっぱいあるのですね。」と言うと 「今日は最後なので、たくさん積んできたのですけれど…。」とお兄さんは苦笑した。 午後9時半、これからあとは、もうそんなに売れないだろう。 「あれもこれもほしいけれど、食べ切れなくて残念。」思ったままを言った。 「ありがとうございます。もう本当に十分です。今までありがとうございました。」
とても寂しくて名残惜しかった。 でもいつまでも、パンを前にうつむいているのも気恥ずかしくなって 「では!ほんとに今までありがとうございました!」と、わざとあっさりと明るく言って 家への階段を上がり始めた。 「どうもありがとうございました!」と、お兄さんの大きな声と、 ハッチを閉める音が背中に聞こえた。 振り向くと、赤いテールランプが一度強く光って、車が走り出すところだった。 車の屋根の鐘が「カーン…」と鳴った。 「いつもなんどでも」のオルゴールを夜の街に響かせながら、車は行ってしまった。 音楽はだんだんと小さくなって、やがて聞こえなくなった。
さよなら。 カオナシのパン屋さん。 どうもありがとう。 もう火曜の夜のオルゴールは聞こえない。
小麦アレルギーになってからお休みしていたパン作り、 そろそろ再開しようかな。
2年前のカオナシのパン屋さんとの出会い
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