ひとりごと
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お茶の先生のおうちの門をくぐり、引き戸をからからと開けると 涼しげなスズムシの声が迎えてくれた。 寄付きに置かれたチェックのデパートの紙袋の中から その声は聞こえてくるらしい。 一緒にお稽古をしている、先生のご次男の奥さまが 持ってきてくださったものだった。 それは私への思いがけないプレゼント! 「飼っていたスズムシがアリに襲われて全滅してしまった」と言う 私の話を覚えていてくださったのだった。 お稽古の間中、薄暗い寄付きから、スズムシの澄んだ音色が響いていた。
このあと、実家によるのだけれど大丈夫かな、と思ったけれど 小さいプラスチックケースには、ちゃんと土が敷かれ、 餌のキュウリと梨、止まり木が入れてあって、スズムシたちは快適そうだった。 ありがたくいただいて、スズムシを連れて実家に行った。
私が帰省のお土産を持って実家に帰ることを、もう何日も前から姪たちは楽しみしていたらしい。 ばたばたと賑やかに出迎えられた。 母も妹たちも姪たちもそれぞれに喜んでくれた。 一騒ぎが落ち着いた頃、静かで涼しい応接間に置いてあるスズムシの様子を見に行った。 6歳と4歳の姪たちがはしゃぎながらついてきた。 スズムシたちは鳴いていなかった。
紙袋からケースを取り出すと「わぁ、虫!」と、ちょっと身を引いた彼女たちだったけれど 「この虫がリーンリーンっていい声で鳴くのよ」と教えると、興味津々で覗き込んだ。 入れてあった野菜が土にまみれていたので、母にナスを出してもらって2切れ入れた。 スズムシたちはすぐに近寄ってきてナスを食べ始めた。 「かわいい!」「おなかすいていたんだね」姪たちは小さな顔をくっつけあって覗き込んだ。 「スズムシは暗いところが好きだから、そっとしておこうね。そうしたらきっと鳴き出すよ。」 私はそう言って、ケースを紙袋に入れて、応接間のテーブルの上に置いた。
それから何分もしないうちに「スズムシ、ごはん食べちゃったかな?」と姪が聞く。 「う〜ん、今食べている最中じゃないかな?」 「まだ鳴かない?」「もうすぐ鳴くからそっとしておこうね。」 でも姪たちは連れ立って覗きにいったらしい。 「ごはん、まだあったよ。」「スズムシ、鳴いていなかったよ。」と報告してくれる。 そのあと30分ごとくらいに、姪たちの報告は続いた。 「覗かないほうがいいよ。暗いところでそっとしておこうね。」と何度も言っても 気になるらしいのだった。
夕方になり、保育園に行っていた5歳の甥が帰ってきた。 「おねえちゃま(私のこと)、ハジメもスズムシ見たいって!」と姪が言う。 「じゃあ、みんなでそっと見てみようか?」と、3人の甥姪と一緒に応接間に入った。 スズムシはまだ鳴いていなかった。 「あのね、暗くなくちゃいけないんだよ。」と年上の姪がわかったように甥に説明していた。 明かりはつけないまま、薄暗い中でプラスチックケースの中をみんなで見た。 「こっちの羽が大きいのがオスで、羽が小さくて卵を産む管があるのがメスよ。」と教えた。 姪たちは、オスとメスの数を数えてくれた。 オスとメスは8匹ずついた。 「鳴くのは羽の大きいオスだけなのよ。」 説明しながら、このスズムシが子どもたちの目の前で羽を立てて鳴いてくれることを望んだ。 でもまだ落ち着かないスズムシは黙ったままだった。
結局、私が帰る夜まで、スズムシたちはリンとも鳴かなかった。 姪たちは残念そうだった。 「おうちで飼ったら?」と言うと「ママがダメだって言うの。」姪が小さな声で言った。 そう、妹は小さいころから虫が苦手だったのだっけ。 「じゃあ、ママのママに飼ってもらって、それを見に来たら?」と提案した。 姪たちは、期待いっぱいに自分たちの祖母の顔を見上げた。 「ね?この小さなケースにちょっとわけてあげるから、飼ってあげて?」と私も頼んだ。 「そうね…。」と、母はなんとなく了承してくれた。 姪たちは顔を輝かせた。
スズムシを連れて家に帰り着いたら、もう11時近くになっていた。 出張に行っていた夫もそろそろ帰ってくるらしい。 スズムシは暗い玄関にそっと置いた。 夫を待ちながら、私は疲れてソファで眠ってしまった。 リーン、リーン、リーン…。 美しい音色に目が覚めた。 スズムシはやっと鳴き始めたのだった。 玄関の硬い床や壁に反射して、涼しげな音色は大きく響いた。 小さな銀の鈴をたくさん振っているようだ。
あぁ、いい声。 夏の夜はやっぱりスズムシがいい。 湧くような音色を聴きながらまたうとうと。 あの子たちに早くこの声を聴かせてやりたい。
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