ひとりごと
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べべと一緒に最後の夜を過ごした。 一瞬も離れなかった。 一緒に夜の庭を歩いて星を見上げ、明ける前の空を眺め、 空き地まで日の出を見に行った。 山の向こうに赤い日の光が点のように見えたかと思ったら それは見る見るふくれてまぶしい光の矢となった。 澄んだ空気の中を一直線に走ってきたまっさらな光が私たちを清めた。 べべの青い羽は目に痛いほど鮮やかに輝いた。 私とべべが一緒に過ごす最後の朝がやってきた。
本当に美しく晴れた日だった。 空には雲ひとつなく、陽射しはガラスのように透明だ。 悲しいのに明るい。 悲しいけれど明るいのが嬉しい。 部屋に射しこんできた光の中にべべをそっと置いた。 ジュジュはかごの中からそっとべべを覗きこんだ。 不思議そうに首をかしげながら、いつまでもべべを見ていた。 そしてジュジュも光を浴びて、気持ちよさそうに「チュリ!チュリ!」と鳴いた。 今までだったら、べべの合いの手が入るのだった。 ジュジュとべべは交互に、あるいは一緒に歌っていた。 べべの返事がないのを不思議に思ったジュジュは、一声鳴くごとに間を置いて耳を澄ましていた。 それでも返事が返ってこない。 ジュジュはやがて黙って、不思議そうにべべを見下ろすのだった。 ジュジュはひとりぼっちになってしまった。 さびしそうな黒い瞳を見て、胸が痛んだ。
べべをジュジュの隣に預け、私は庭に出て穴を掘った。 べべを埋めるのは、もちろんトトの隣。 コンテ・ド・シャンボールとブール・ド・ネージュの間に決めた。 トトのブルーガーデンにひざまずいて、そこに生えている草花や球根を掘り起こした。 そして深く掘っていった。 できるだけ深く深く。 そのとき、家の中で電話が鳴った。 一番下の妹からだった。 べべに最後のお別れをしに来たいと言う。 私も、ひとりでべべを見送るのはつらいと思っていたので、妹を待つことにした。 それまでの間に穴を掘り終え、庭の花を摘んだ。 花が少ない時期と思っていたのに、明るい色のかわいい花々ですぐにざるはいっぱいになった。 薔薇も3つの花を摘めたのが嬉しかった。
やがて妹が来た。 べべと同じ白と水色の花々で作られたブーケと、母から預かったお線香を持ってきてくれていた。 妹は、無言で横たわるべべを見て涙をこぼした。 赤ちゃんだったべべをお店で見つけたのは、この妹と一緒のときだった。 真っ白な翼を見て「天使みたい!」と私たちは喜んだのだった。 思いのほか気の強い女王さまのようなべべだったけれど、今度こそ本当の天使になった。 私たちは何度もべべを抱き、美しい羽をなで、写真を撮っては別れを惜しんだ。 べべは本当にきれいでかわいくて愛しかった。 あの気の強いべべがこんなにもおとなしく、素直に人間に抱かれているのが不思議なようだった。 今までなかなか切らせてくれなかった脚の爪もそっと切った。 脚はきれいな桜色のままで、爪は真珠貝を削ったように白く光っていた。 すんなりと素直に伸びた脚の形が、最後の瞬間までべべが苦しまなかったことを物語っていた。 すみれ色がかった淡いグレーの縞模様の頭も、白い翼も、くっきりと黒い模様も、長い白い尻尾も 澄んだ青い空のような羽毛も、何から何まで完璧に美しいべべだった。 「こんなにきれいな体を土に還してしまうなんてもったいないね」と妹が言った。 うん、でもね。土に還さないと、新しく生まれ変わってこられないのよ。 大地に眠ったべべの魂は空に昇っていくよ…。
お別れのときが来た。 白い箱の底に、べべが好きだったおいしいえさを敷き詰めた。 ハンカチに乗せてべべを入れ、新鮮な青梗菜やみかんの房や粟の穂で囲んだ。 そして庭の花々でべべを包んでいった。 ちらりと見えるべべの青が、お花畑の中に光る青いチョウチョのようだった。 最後にジュジュに見せてお別れを告げさせ、私たちもべべの柔らかい体をそっとなで もう一度ほおずりをして、箱のふたを閉めた。 7年近い長い間、毎日見て、ふれて、愛してきたべべとの別れだった。 もうこれで2度とべべにさわることができない。 もう会えない。 「ありがとう」「さようなら」と告げながら白い棺を深く掘った穴の底に入れ、 べべが愛用していたはしごと鈴をその上に乗せた。 たくましく伸びた何本ものシャンボールの根がべべを守るようだった。 さらに花をそえて、私たちは土をかけた。 しっとりと重い土がべべの上に重なっていった。 最後にふたりでムスカリの球根をべべのいる真上に植えて、土を押さえて平らにならした。 瓶に挿した薔薇のつぼみと青梗菜を供え、母がくれたお線香を焚いた。 その香りで、急にそこはお墓らしくなった。 妹と二人で手を合わせ、目をつぶり、べべの冥福を祈った。 最初から最後まで、トトのお墓の上に飾った小鳥が隣でずっと見守ってくれていた。
部屋に上がり、手を洗い、妹が買ってきてくれたお寿司で精進おとしをした。 思えば昨日からちゃんとした食事をとっていないのだった。 やっとすいたおなかに、お寿司はすとんすとんとおさまっていった。 おいしかった。 べべの思い出話をしながら、持って来てくれたケーキも食べた。 私が作った栗のケーキや渋皮煮も食べた。 音楽に合わせてジュジュは明るく歌い、私たちも悲しいけれど晴れ晴れとした気持ちで しゃべりながら延々と食べた。
夕方になり、妹が帰る時間が来た。 身支度をした妹は「それじゃ、あまり気を落とさないようにね」と言った。 そうだった。 これからひとりの時間、べべのいない現実と向き合わなくてはいけない。 妹がいて、しゃべっている間は悲しい気持ちを忘れていた。 気遣ってくれていたのだと思うと、ありがたかった。 べべとの別れをするこのとき、ひとりでなくて本当によかった。 妹を派遣して、いろいろと持たせてくれた母にも感謝した。 みんな心配してくれていたんだ。
妹が帰り、私は手持ち無沙汰になった。 埋葬してしまうと、もうべべのためにできることはないのだった。 お風呂を沸かし、ゆっくりと入った。 昨日はべべをひとりにしたくなくてお手洗いにも行きたくないくらいだった。 でも今は、べべはトトの隣で静かに眠っている。 空の上ではトトと再会して幸せに飛び回っていることだろう。 その美しい風景を思い浮かべると、胸がいっぱいになった。 もう何の苦しみもない、心配もいらない…。 あとはただ、私たちがべべのいない悲しさと戦っていくだけなのだ。
からっぽのべべのかごが残された。 その中を覗き込みながら、べべの姿や癖や声を頭の中に甦らせた。 決して忘れない。 大好きなかわいい、柔らかい温かい大切なべべのことを。 べべがくれた幸せな楽しい日々のことを。
べべちゃん、どうもありがとう。 もっと一緒にいたかったよ。 でもいつか、きっとまた会おうね。 それまで、やっと一緒になれたトトちゃんと仲よく幸せにね。 いつまでも大好きだからね。
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