ひとりごと
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べべが死んでしまった。 あまりに突然のお別れだった。
今朝、私はちょっと寝坊して遅くなったのに、 べべからの朝ごはんの催促がないのをちょっと不思議に思った。 だいぶ汚れてきていたえさ箱を洗う間も催促がなかった。 いつもなら、待ちきれないべべから「ピリ!?ピリ!?」と声がかかるのに。 えさを入れる前、鳥かごを掃除するときに、べべの様子が違うのに気がついた。 まん丸に羽をふくらませてうつらうつらしている。 これは変だ。 指を出してみると、珍しく素直に乗ってきた。 かごから出してもおとなしく私の指に止まったまま、 時々目を閉じながらもはっと気がついて私の顔を見つめたり、顔をすり寄せたりするのだ。 気の強いべべが私にこんなに甘えてくるなんて、調子が悪い証拠だ。
ついでに体重を量ってみると、35グラムしかなかった。 セキセイインコとしては標準だけれど、最盛期には51グラムもあったべべにしては少なすぎた。 たしかに先々週くらいには38グラムまで落ちていたけれど、ダイエットが成功したのだと思っていた。 あわててえさを手に乗せてべべに見せると、お愛想のように2、3粒食べただけだった。 その代わり、水は新しいものを入れると、すぐに飲み始めた。 もう獣医さんがあいているのを確かめて、予約の電話を入れた。 午後4時半に行くことになった。
鳥の病気にはまず保温。 ペットヒーターを鳥かごに入れて、かごを布で被った。 温度計を中につけるのも忘れずに。 これで28〜30℃を保つように気をつけなくてはいけない。 なかなか温度が上がらないので、布の上にビニールのプチプチや、 私のカーディガンやフリースもかけた。 かご内の温度は28℃まで上がったけれど、べべはふくらんだままだった。 心配で見つめていると、急に伸び上がるようなしぐさを見せ、頭を振りながらえさを吐き始めた。 これは普通ではない。 びっくりしてしまって、すぐに獣医さんに電話をした。 様子を話すと、1度の嘔吐でどうかなることはないけれど、 心配だったら午後最初の診察の前に診てくださるとのこと。 4時前に伺うことになった。
べべを暖かく保温したまま獣医さんに連れて行くための準備をすませ、 何度も時計を見、べべのかごを覗きながら、落ち着かない気持ちで家を出る時間を待った。 出発の時間、鳥かごの中は32℃になり、べべのふくらみはようやくとれていた。 それでもやっぱりうとうとと具合が悪そうだった。 そんなべべを手でつかんでキャリーケースの中に入れた。 ほとんど抵抗をしないのが心配だった。 キャリーケースを入れる紙袋にはダンボール箱をはめこみ、 お湯の入ったペットボトルをタオルでくるんで箱の底に入れた。 その上に、ぷちぷちで被ったキャリーケースをそっといれ、さらにプチプチと布をかぶせた。 キャリーケースの中が30℃以上を保っているのを確かめながら、 バスと電車を乗りついで獣医さんにたどり着いた。
受付でキャリーケースを出してべべを見ると、苦しそうに底にうずくまっていた。 すぐに保温のために奥に連れて行かれた。 出てきた受付の女性は「べべちゃん、おうちでも羽を広げて震えたりしていましたか?」と聞いた。 「いえ、ふくらんでいただけです。震えているのですか?」と言うと 「ええ、そうなんです。ちょっと様子が普通ではないような…。」と受付の女性は口ごもり、 すぐに診察室に案内してくれた。 診察台の上には、酸素吸入のケースに入れられたべべが、今までで一番苦しそうにうずくまっていた。 脚がちゃんと立たないらしい。 いつもの優しい獣医さんは、「ちょっと厳しい容態ですね。」と難しい顔で言った。 「べべちゃん!どうしたの?べべちゃん!」と声をかけると 「あまり大きな声をかけると、べべちゃん、しんどいですからそっと…。」とたしなめられた。
昨日まで元気だったこと、今朝もまだ指に止まったり、部屋を飛ぶくらいの元気はあったこと、 その急激な容態の悪化を考えると、中毒症状が考えられると言う。 ピピちゃんのときと同じように、とりあえずレントゲンを撮って調べることになった。 もし誤って金属片を呑んでしまったのだったら、レントゲンに写るし、すぐに解毒治療ができる。 私は一旦、診察室を出て待合室で待つことになった。 さっき見たべべの様子があまりにも苦しそうだったので、 不安で落ち着かない気持ちで診察室のドアを見ていた。 「ピー!キキッキキッ!」と、べべが怒る声がした。 たぶんレントゲンを撮るために、先生につかまれたのだろう。 べべの大きな声を久しぶりに聞いて、ちょっと嬉しかった。 でもそれが、私が聞いたべべの最後の声だった。
診察室の中が騒がしくなった。 「酸素!」と先生の声がして、すぐに私も中に呼ばれた。 急いで走って診察室のドアを開けた。 ぐったりとしたべべが獣医さんの手の中にいた。 口元には助手さんの手によって酸素吸入のチューブがあてられていた。 獣医さんは、聴診器をべべの胸にあてながら、心臓マッサージをしていた。 「非常に危ない状態です。呼吸がとまっています。」と言われた。
なんのことだかわからない。 それって、べべが死ぬかもしれないってこと? まさか、うちのべべが? あのべべが? 「べべちゃん!しっかりして!気が強いべべちゃんじゃない。がんばれ!がんばれ!」 私は大きな声を出し、獣医さんの手からはみ出しているべべの尻尾をさすった。 もう大きな声をとがめられることもなかった。 べべには私の声が聞こえているのだろうか? それで元気を出してくれるかもしれない?
しゅっしゅっと酸素の出る音がチューブからもれる。 べべの口はとじたまま。 目はぱっちりと開いているが、まばたきもせず、焦点もあっていない。 変だ、変だ。 でもまさか、私のべべちゃんが死ぬなんてこと、あるわけはない。 大丈夫だよね。 去年の冬、あの大病を乗り越えた生命力の強いべべちゃんだもの。 今度だってがんばってくれる。
獣医さんは、一生懸命べべの小さな胸をマッサージしては聴診器をあてた。 それは何分続いただろうか。 でもとうとうべべの目に光が戻ることはなかった。 「残念ですけれど…。心拍がもどりません…。」 臨終を宣告されてしまった。
うそでしょう? だって昨日はあんな元気にごはんを食べていたのよ。 今朝だって、私の指にしっかりと止まって甘えてくれたのよ。 いつもの額縁の上にだって飛んでいったのよ。 べべがそんな急に死ぬわけはない。 でも、べべはもう動かなかった。
呆然として涙も出ない。 ただ、うそでしょう?と言う言葉だけが口からもれる。 獣医さんは低い声でお悔やみを言い、原因について話してくださった。 やっぱり足の麻痺や突然の痙攣、呼吸停止は中毒の可能性が高いと言う。 金属中毒が一番疑われるので、それを確かめるためにレントゲンを撮りたい、と言われた。 了承して診察室を出た。 待合室には、キャリーケースを抱えた2人の女性が待っていた。 中の様子が聞こえたのだろう、しんみりと決まり悪そうに眼をそらせた。
私はどうにかなっていたのだと思う。 「うちの鳥、死んじゃったんです。今。昨日は元気だったのに。」とへらへらと口に出していた。 信じられなくて、笑いが出てきそうだった。 「私のべべちゃんが」「べべちゃんべべちゃん」…とつぶやく私は異常に見えたことだろう。 再び診察室に呼ばれるまで、「べべちゃん」「べべちゃん」と呪文のように小さく言っていた。 呼ばれて診察室に入ると、べべは白い箱に寝かされていた。 ティッシュで作られた小さな枕を敷き、ふわりとティッシュの布団をかけていた。
レントゲン写真を見ながら、獣医さんが説明をした。 金属片は見つからなかったとのこと。 そうなると、可能性としてはえさや水に細菌がいたのかもしれないとのこと。 もしくは脂肪肝から来る中毒かもしれないとのこと。 たしかに、前に脂肪肝を指摘されていたので、それが一番可能性が高いのかもしれない。 突然毒が回ってしまったら、どうしようもないのだろうか。 べべちゃん、がんばってダイエットをしたのに。 でも急激なダイエットは、肝臓に負担がかかるらしい。 そうなると、やっぱり私がいけなかったのか、と自分を激しく責めてしまう。 べべちゃん、おなかがすいていたのに、餌を減らしてしまった。 ごめんね。 あんなに食いしん坊だったのに。 「でも、それが原因とは限りません。中毒はいつ何で起こるかわからないのです。」 と、獣医さんは言ってくださった。
もう原因が何かなんていい。 今、この現実があるだけだ。 「べべ、去年ここに入院して、大きな病気を乗り越えたんです。強い子なんです。」と言った。 「そうでしたね。とてもがんばってくれたのに、本当に残念です。」と獣医さんも鼻声で言った。 長いこと入院して、何度も何度も通院して、ようやく元気になったのに。 べべちゃんは強い子なのに。 「今度の12月で7歳になるんですよ。ずっと私と一緒だったんです。」 「来年は酉年だから、べべちゃんの写真を年賀状に使おうと思っていたんです。」 考える間もなく、いろんな言葉が口から流れ出す。 先生はひとつひとつに静かにうなずいてくださった。
次の患者さんが待っている。 失礼しなくてはならない。 「どうもありがとうございました。」と深く頭を下げて、べべと一緒に診察室を出た。 「間に合わなくて…。力がおよばなくて残念でした。」と受付の女性は診察券を返しながら言った。 「お世話になりました。」と言って、静かなべべと一緒に病院を出た。 駅に向かいながら、実家に電話をした。 「べべちゃん、死んじゃった。」と告げながら、まだ自分でも信じられなかった。 涙も出なかった。 電車に乗っていても、手に持っている大きな荷物に死んだべべちゃんが入っているなんて とてもとても思えないのだった。 べべはうちで、暖かい部屋で待っているような気がした。
電車を降りて、スーパーに行き、べべの好きな青梗菜と、かわいい花束を買った。 その2つの包みを、静かなべべが入っている袋の中にそっと置いた。 バスではなく、すっかり暗くなった道を歩いて帰った。 明るいバスになんか乗りたくなかった。 暗い細い道を歩きながら友だちに電話をした。 話しているうちに、やっと涙が出てきた。 鼻をハンカチで拭きながら空を見上げると、クリーム色の大きな月が出ていた。 満月のようだった。 おおらかで優しい光を見て、また涙が出てきた。 べべちゃん、あの空にのぼっていったのかな。
家が見えてきたら、また涙が出てきた。 べべは、この家に住む前から一緒にいてくれたんだ。 トトとべべのかごを抱えて、この家に一緒に引っ越してきたんだ。 べべちゃん、家に帰ってきたよ。
べべはとてもきれいだった。 長いこと患っていたのではなかったので、やつれてもいず、羽も抜けておらず、 つやつやと鮮やかな羽が美しかった。 さわるとふわりと柔らかく、顔を近づけると懐かしいインコの匂いがした。 とてもきれいでかわいかった。 まだ私の手元にいるので、死んでしまったと言う実感がわかない。 トトみたいに看病をさせてくれたわけでもなかった。 あまりにも突然だった。 でもそれがべべらしい、と思うのだった。 気位の高いべべは、私の手をわずらわせり、やつれてぼろぼろになった姿を見せたくなかったのだ。 長いこと私を苦しませないように、こんなにあっさりと、美しいまま逝ってしまったのだ。 つややかな羽が1枚も欠けることなく、少しほっそりとしたべべは、今までで一番美しかった。 きっと天国で、出迎えに来たトトちゃんがびっくりしているよ。 やっとまた一緒になれたね。 今度こそ、仲よくね。 いつまでもね。
深夜になって帰宅した夫もびっくりして信じられない様子だった。 「本当に?あの気の強いべべちゃんが?」と言った。 「僕にこんなに体をさわらせてくれるなんて初めてだ。」とべべをなでながらつぶやいていた。 そのあと、3人で庭に出た。 満月は頭の真上を少し通り過ぎて、青く白く光っていた。 「べべちゃん、初めて外に出たんだね。」と夫が言った。 べべは月に照らされて、いっそう白く美しかった。
眠れないまま、長い長い日記を書いてしまった。 長い1日だった。 どこかまだ実感がわかないので、こんなに冷静に文を書けるのだと思う。 べべの柔らかい体にふれられなくなったとき、私はどうなるのだろうか。 べべはまだ私の腕の中にいる。 今までなんでもない日だった10月28日が、忘れられない特別な日になってしまった。
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