ひとりごと
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夕方、電話が鳴った。 いつもよりずいぶん早い夫からの「帰るコール」だった。 「今、○○。」と、会社のある駅の名を告げたあと、 「歯、抜かれちゃったよ〜。」と、少し困ったような夫の声が続いた。 そうだった。 何日か前から「歯が痛い」と言っていたので、無理やり保険証を持たせて 会社帰りに歯医者に行くことを約束させたのだった。
「歯、抜いたって?そんなに悪かったの?」と聞くと 「うん、オヤシラズやった。」と、なぜか嬉しそうな夫の声。 「あっさり抜かれちゃったよ。ごはん、柔らかいものがいいな。」声が少し弾んでいる。 もともと丈夫で病気知らずの夫は、病人扱いされて嬉しいらしい。 不謹慎!だけれど、なんだかおかしい。
帰ってきた夫は珍しくよくしゃべった。 歯医者さんから受けた注意事項(お酒や入浴は禁止、など)を私に説明して、 抜いたときの様子も話してくれた。 もう何年も前、私が親知らずを抜いたときには、そのたびに熱が出た。 ほっぺたが腫れて、すごい顔になったものだ。 それに比べたら、夫の親知らずは軽く抜けたらしい。 痛みもないらしく、元気によく食べて、いつもの顔でにこにことしゃべった。 「今日はビールはダメか〜。ま、歯を抜いたんやから我慢我慢。」と、まじめな顔でうなずき、 「お風呂にも入れへんし早く寝ようかな。」と、まだ8時になったところなのに、そんなことを言っている。 「そうだ!薬をもらったのを飲まな。」いそいそと水を汲んできた。 気分はすっかり病人モード。
そんなとき、夫の父から電話がかかってきた。 父の日に贈ったプレゼントのお礼だった。 私が受けて少し話したあと、夫に代わった。 「今日、歯ぁ抜いてん。そう、親知らず。」と早速話していた。 しばらく歯の話で盛り上がっていた。 めったに話さない「親」と「親知らず」の話をしているのがおもしろい。
「さて、じゃあ寝よう。」と、電話を切って、夫が言った。 「おやすみなさい。お大事に。」と、私が言うと、 「うん、おやすみ〜。」と夫は頬をさすりながら、2階に上がっていった。 なんだか子どものようだった。 歯を抜いたときくらいだけが病人で、いつも元気でいてくれるのはありがたいと思った。
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