ひとりごと
DiaryINDEX|past|will
古い友だちとデパートに行った。 15歳からの付き合いのこの友だちとは 二十数年たった今でも、同じように時々会って 同じようなおしゃべりをして、ほっとゆるんだ時間を過ごすのだ。
いつものアクセサリー売り場で待ち合わせをして、 1階ずつエスカレーターで上がり、ぶらぶらと洋服や雑貨を見て歩いた。 友だちは明るい色の夏のスカートを買った。 私は洋服を買うのはやめておいた(昨日の今日だ)。 そしてあっさりとおいしいランチをとって、ふたたびウィンドウショッピングをして 最後に地下の食料品売り場では豆かんを買った。 子どもが帰って来るのに合わせて先に帰る友だちを見送りがてら、 1階のかばん財布売り場を覗いた。
そうだ、お財布。 私のパンパンのおデブ財布は何とかならないものか。 ふくらんでいるのは、お金が多いからではもちろんなく、増えてきてしまったカードのせいだ。 銀行やデパートのカードが数枚ずつ。 バスや電車のプリペイドカードは2、3枚ずつ。 献血手帳に、自動車免許証。 時刻表、東京と大阪の路線図。 スーパーのお買い物袋スタンプカード。 お稽古の教室の会員カードに、どんどん増えるお店のポイントカード。 カード類だけで3センチくらいの厚みがある。
必要なものだけ入れておけばいい、と言うけれど、いつどこで何があるかわからない。 急にお金を下ろすとき、どの銀行があるかわからない。 いつヨ○バシカメラやユザ○ヤに行きたくなるかわからない。 献血車にどこで出会うかわからない。 車は持っていないけれど、どこで身分証明書が必要になるかわからない。 ほら、無駄なものは1枚もない(はず…)。
それでも、あまりにも私のお財布が不格好で、今にもはじけそうで お会計のときに取り出すたびに友だちに笑われるので、何とかしたいとは思っていた。 今まで使っていた財布は、お札が二つ折りになるコンパクトな大きさのものだったので お札が折らないで入るタイプの大きなお財布にしようか、と思って探していた。 そうしたら、ちょうど気に入ったものに出会ったのだ。
くすんだ水色の柔らかい皮製で、開くと内側はネクタイ地のような光沢のある布製になっている。 ファスナーで4つの部屋に分けられていて、カード入れも多くついている。 何回もファスナーを開いたり閉じたり、手を入れたりして、結局買った。 使いやすそうなのと、そのしなやかな手触りが決めてだった。
お財布ひとつでも、買い物をすると気分がはずむ。 足取りもはずんだまま、隣の大きな書店に行った。 夏用に縫うワンピースの、少しレトロな雰囲気の本を選んで買った。 それから文庫本のコーナーで、帰りの電車で読む本を探した。
大きな書店の広いコーナーを一周して、選んだのは川上弘美の「あるようなないような」。 小説が好きな作家さんだったけれど、エッセイ集は読んだことがなかった。 ぱらぱらとめくっただけで、ページの中にいくつも惹かれる言葉を見つけて決めた。
ちょっと疲れたので、デパートに戻って小さなコーヒースタンドでひと休み。 ブレンドとドーナツを注文して、早速文庫本を開いた。 しみじみと暖かく、夢のように不思議でおもしろく、コーヒーもそのままに読みふけってしまった。
「かばん症」と言う話があった。 「心配性なので、かばんにたくさんの荷物を持って、歩く」のだと言う。 ハンカチ2枚、ちり紙も2包み、それに2冊の本と、夏なら扇子にサングラスに日傘にてんかふん…。 笑ってしまった。 私と同じだ。 さすがにてんかふんは持ち歩かないけれど、あとは同じ。 それどころか、手袋と靴下とストール、飴玉、望遠鏡や虫眼鏡まで私はかばんに入れている。 お財布と同じように、ふくらんだお化粧ポーチの中には、 絆創膏と爪切り、ウェットティッシュ、綿棒、胃薬、筆記用具が入っている。 実を言うと、そのほとんどがめったに出番がないのだけれど。 でも、いつ何があるか…。 そうか、こんなに荷物が多いのは心配性だからなのか。 そしてこれを「かばん症」と言うらしい。
小さいおしゃれなバッグひとつで、あるいは手ぶらで颯爽と歩いてみたい、とよく思う。 ほんとはきっと、少しの荷物でも何とかなるのだろうに。 それなのに、私は今日も、ただでさえ荷物の多い大きなバッグに、パンパンのお財布と、 パンパンのお化粧ポーチと、それと分厚いデジカメを入れて、重い思いをして帰ってきた。 大きくなってすっきりとした新しい財布も、やがてその大きさに合わせてふくらんでいくのだろう。 私は「かばん症」で「財布症」なのだ。
|