ひとりごと
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お茶のお稽古の前に獣医さんへ行った。 ピピちゃんの入院費をまだ払っていなかった。 あのときは、お金もろくに持たずにあわてて飛び出したから。 明るい朝の駅に降りたとき、胸がずきんと痛んだ。 あのときは寒い夕方だった。 お店が開いたばかりの陽射しがいっぱいの商店街を歩いた。 見慣れた獣医さんのピンクのドアを見たときにも胸がずきんとした。
エレベーターのドアが開いたら、すぐに待合室だ。 今日はたったひとりのひとがケースを抱えて待っているだけだった。 明るくて静かだった。 受付のカウンターの前に立っていると、すぐにいつもの女性が出てきて 私を見て「あ…」と言う表情になった。 「お支払いを」と言うと、カウンターの中から用意されていたファイルが出された。 ファイルには伝票のほかに、水色の印刷物がはさまれていた。 それには「遺伝子検査報告書」と書かれていた。 そうだった。 原因がわからなかったので、入院するときにオウム病の検査もお願いしたのだった。
「検査の結果が届いています。感染症については陰性と言うことでした。」 と、受付の女性が話した。 研究所から届いたその紙には、まだ(仮称)のままの「ピーちゃん」と言う名前が印刷されていた。 日付は12月13日。 まだこのときにはピピちゃんは生きていた。 今さら…と言う気持ちもあったけれど、 たしかにピピちゃんが生きていた証のようで、その紙をバッグの中に大切にしまった。
「感染症が陰性と言うことは、やっぱり中毒だったのでしょうか?」と尋ねた。 「そうとも限りませんね。あの症状はただの中毒ではないようでした。」 「もし、何かを食べて病気になったのだとしたら、ほかの鳥のためにも注意しなくてはと思って…。」 「そうですね。でももとから病気だったと言う可能性のほうが大きいです。」 「とても元気だったんですよ。突然あんなに具合が悪くなって。」 「インコは元気を装いますからね。ぎりぎりまで元気にがんばったのではないでしょうか。」 そうなのか。 ピピちゃんは、知らない家にやってきて、無理して元気にはしゃいでいたのかもしれないんだ。
「肝臓がかなり腫れていましたから、肝臓がんだったと言うことも考えられるんです。」 あんなに小さいのに、がんかもしれなかっただなんて! うちに来たときには、もう病気でつらかったのだろうか。 「そうしたら、前の飼い主さんのところでもお医者さんにかかっていたかもしれませんね。」 「そうですね。そうかもしれませんね。」 「かわいそうに。飼い主さんも心配して探していたでしょうに…。私、見つけてあげられなくて。」 そう言うと、 「それはなかなか難しいですよ〜。しかたないですよ。」 と、慰めるように、言ってくださった。
私の心を少しでも軽くするかのように、病気は前からかもしれなかったこと、 飼い主さんが見つからないのは仕方ないことだと受付の女性は言ってくれた。 それでも、ピピちゃんが死んでしまった悲しみに変わりはない。 ピピちゃんがかわいそうだったことに変わりはないのだ。 ここで最後に会ったときのピピちゃんの姿が浮かんで胸がいっぱいになった。
「それでは、お支払いを。」と私が財布を取り出すと、申し訳なさそうに女性が伝票を出した。 「この前お知らせした金額に、検査料金が加わって、こんなになってしまうんです…。」 示された額は、私のお財布の中身ほとんど全部だった。 「大丈夫ですか?あの、もしなんでしたら、入院費だけでこちらの検査料金はいいです。」 と、そう言ってくださった。 え…。どうしよう。 一瞬、迷ってしまった。 でもピピちゃんのことで、お金をケチりたくなかった。 家族なのだから。 そうでなければ後ろめたい気持ちが残りそうだった。
「お支払いします。ちょうどありますから。」とお金を出した。 「大丈夫ですか?あの、ほんとにいいですよ。」と受付の女性。 「いえ。だってそれだけのことをしていただいたのですから。」 私はそう言って、そしてそのとたん、涙がこぼれてきた。 そう、できる限り最良のことをしていただいたのだ。 それでも助からなかった、かわいそうな小さなピピちゃん。 「幸せだったと思いますよ。」と女性はぽつりと言った。 涙が止まらなかった。
「お世話になりました。」 私はハンカチで目を押さえて頭を下げた。 診察中の先生には会えなくて残念だったけれど 受付の女性がこんなにも丁寧に話してくれたことがありがたかった。 ピピちゃんは、間違いなくここで最良の治療を受け、看護してもらっていた。 「あの…お気をつけて。」 と、まだ若い受付の女性は見送ってくれた。 エレベーターのドアが閉まった。
外はまだ始まったばかりの商店街の午前中だった。 顔を直して、お茶のお稽古に行った。 いつもより少し遅れて入った小間には、まぶしい日が射していた。 畳に映った葉っぱの影が小鳥のようだと思ってぼんやり眺めていた。 時間とともに影は動いて小鳥は飛び去ってしまった。
獣医さんに行って、お茶のお稽古に行って、買い物をして、歯医者さんに行って。 まるっきり1週間前と同じコースだった。 時間もぴったり同じでおかしいくらいだった。 違ったのはピピちゃんに会えなかったこと、空が晴れていたこと、 そして私が駅前ですべってころばなかったと言うことくらい。
1週間前に獣医さんで会ったピピちゃんが、私が最後に見たピピちゃんだった。 そのときのピピちゃんは、かわいい声で鳴いてくれた。 元気そうにごはんを食べてみせてくれた。 そんな姿が最後に心に刻まれたことが幸せだと思った。
ミニシュトーレン
おととい教わったばかりのシュトーレンを焼いた。 うまくできたら、友だちへのお土産にしようと思って 小さいサイズにして5本作った。 本当は、まだクリスマスの飾りをしていないのだけれど シュトーレンこそ今作らないとクリスマスに間に合わない。 夜も遅くなってから、かわいいシュトーレンがやっとできあがった。
できたてをひとつ試食してみた。 まだ柔らかい生地の中のドライフルーツがふんわりと香った。 スパイスの配合もちょうどよかったようだ。 初めてにしてはなかなか、と自画自賛。 これが熟成されたらもっとおいしくなるはず! あげる友だちの顔を思い浮かべながら、ひとつずつラップでくるんだ。
クリスマスを待っておいしくなぁれ〜。 来年からは、いっぱい焼いて、 もっとたくさんの友だちにあげられるようになるかな?
あ…。結局今日もツリーを出せなかった。 楽しみに来てくれる友だちや妹たちのためにも ほんとにほんとに明日こそ、がんばって飾りつけをしよう! 賑やかな日がやってくるのが待ち遠しい。
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