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----------2005年02月10日(木) 線の上

「線とは行為の形である。線が与えられるということは、行為が与えられるということだ。」(ポール・ヴァレリー「純粋および応用アナーキー原理」/筑摩叢書)

なんかエヴァンゲリオンの最終話(だったかな・・・?)を思い出させるような言葉だ。真っ白な紙に線を一本引っ張ると上と下ができて自由をひとつ失う、って、そんなのあったよね。

線がないと、真っ白なのだ。真っ白は怖い。上も下も右も左もなくて、ただ自分の意識だけがぽっかりと、対象を一切失って、ゆらゆらとさまよっているだけ。だから必死で線を探す、とりあえず線に乗っかっていれば迷うことはない、時にその線は鬱陶しいし、それに従っていくことは腹立たしいし、行きたくもないところに連れていかれたりもするけれど、それでもその線を見失ってしまったら私は本当に何でもなくなってしまう。

今日はこの線、明日はこの線、ってな具合で何本もたぐることのできる線を持っていれば理想的なんだけど、そんな贅沢は言ってられないから、だからどんなに朝、起きるのがいやで、3時半に追加のロヒプノールを1ミリ飲んだせいで足元がおぼつかなくても、起きろよ、動けよ、会社行けよ、と本当に大声で自分に言い聞かせて、今んところ私に与えられている唯一の行為の線に付き従わなきゃならないんだ。

結局は空白が怖い。私はいつも、誰かがひいてくれた線の上だけを歩いてきた。