チフネの日記
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触れてくる跡部の手の感覚を、息をゆっくり吐きながらやり過ごす。 こんな時リョーマはどうしていいかわからない。 薄くらい部屋の中、自分の鼓動がやけに大きく聞こえる。 跡部にも聞こえるのかと思うと居た堪れなくて、シーツをぎゅっと握り締めた。
「お前はまた遅刻か」 「ここに来る途中、子供が産まれそうな妊婦さんを」 「その言い訳は聞き飽きた。準備は出来ているから、コートに行こうぜ」 「っす」
よく晴れた日曜日。 リョーマは跡部の家へとやって来た。 コートが完備されている為、よく利用させてもらっている。 それは付き合う前からだった。お金掛からなくていいし、使いたい放題だから誘われるまま通っていた。 今思うと、跡部の作戦だったのだろう。 コートにつられてここに通っている内に親しくなって、付き合って欲しいと言われた時、いいかなと思ってしまった。
(後悔はしていないんだけどね……)
何度も来ているから、コートの場所はもうわかっている。 ただ屋敷内の方はまだ自信が無い。 何しろ部屋の数が膨大すぎる。 いつも行く跡部の部屋でさえ、一人で辿り着けるかどうかはわからない。
そこでふと、先日のことを思い出し、リョーマは慌てて首を振った。 今からやるのはテニス。健全なるスポーツだと、自分に言い聞かせる。
「越前、どうした?」 足を止めたリョーマに、跡部が振り返る。 「……なんでもない」 「そうか?起きた直後だから調子が出ないとか言っているんじゃないだろうな」 笑いながら言う跡部に、含んだところはない。 テニスをするのが楽しみで仕方無いという顔だ。 この間のことなんて忘れているみたいで、拍子抜けするのと同時に苛々する。
(あんたにとっては、大したことじゃないんだろうね)
予想していたけれど慣れてる手つきに、跡部の知らない過去を見た気がして胸が痛くなったのも事実だ。 勿論、そんな感情はおくびにも出したりしない。 跡部の方だけが余裕あるなんて、気に入らないからだ。 ただ、触れるだけ。途中までの行為もリョーマにとっては怖かったけど、それでも黙って耐えた。 この位なんでもないという顔は、最後まで通したつもりだ。 しかしその先となると、さすがにまだ覚悟は出来ていない。 望まれたらどうしようという思いで、今日はここに来たけれど、 跡部の表情からするとそういう事は無さそうに感じ取れる。
(いいんだけど、それもなんかムカつく)
気付かれないよう溜息をついて、コートへ向かった。
余所事ばかり考えているせいか、テニスの方は散々だった。 跡部に「具合でも悪いのか?」と心配される始末。 このまま続けても駄目だろと跡部が言うので、休憩を取ることになった。 リョーマにしては非常に不本意な展開だ。
「なあ。やぱり調子悪いんじゃねえのか? お前があんなにミスするなんておかしいだろ」 「そういうこともあるっすよ」
なんなの、その言い方と、リョーマはそっぽを向く。 跡部が悪いわけじゃない。 だけど苛々してしまう。 今日はもう帰った方がいいかもと思った時、跡部の手が額に触れて来る。
「熱は、無いな」 「……!」
反射的にリョーマは跡部の手を振り払った。 嫌だったわけじゃない。 少し熱い手は先日のことを思い出させて、それがすごく恥ずかしかったからだ。 だけど跡部はそうとは思わず、傷付いたような目でこちらを見ている。
「やっぱり、そうなんだな」 「え?」 「俺のことが嫌になったんだろ」 予想もしない言葉に、リョーマはぽかんと口を開けた。 「え、違う」 「違わないだろ。この間から俺のことを微妙に避けているって、わかっていた。 メールをしても返事もねえし、迎えに行くと言っても断られる。 けど今日は来るって言ったから、まだ望みはあると思ったが……。 いつ別れ話を言うか、そんなこと考えていたんだろ」
勝手な想像をして話をしている跡部について行けず黙っていたが、 ここで否定しないと取り返しがつかなくなってしまう。 だから「別れるなんて考えてないっすよ」と、きっぱりと答えた。
「じゃあ、なんで避けてたんだ。 それに俺が触れたら嫌そうに振り払ったじゃねえか」 「あれは、別に」 「本心では俺のことが嫌なんだろ」 「そうじゃない!」 察しが悪い跡部に焦れて、大きな声を上げる。
「ただ……恥かしかっただけっす」 「恥かしい?お前が?」 きょとんとしている姿に、失礼だなと思いつつ頷く。 「この間あんなことしたから、なんか顔合わせ辛くてちょっと避けてた。 あんたにとっては、慣れたことだろうけど」 「なんだそれは。お前は俺のことなんだと思ってる」 心外だというように、跡部は苦笑した。 「慣れてなんかねえよ。 その、好きな奴に触れるのは初めてだったんだからな。 だから何か変なことしたかと思って気が気じゃなかった。 なのにお前はあんな態度を取るから、もう駄目かと思った」
はあ、と肩から力を抜く跡部を見て、リョーマは(なんだ)と笑った。
悩んでいたのが馬鹿みたいだ。 跡部は跡部でちゃんと自分のことを気にしてくれていた。 慣れているからなて決め付けていないで、もっと話し合うべきだった。
「それで、どうなんだ」」 「どうって?」 「ああいうこと、嫌じゃないか」 顔を赤くして聞く跡部に、ちょっと可愛いとさえ思ってしまった。 戸惑っているのは、跡部も同じらしい。 だからプライドとか関係なく、素直に答えることにした。
「嫌、じゃないと思う」 「そうか」 「けど、先に進むのはまだちょっと怖い」
跡部はわかったと頷いた後、頬に手を添えてきた。 「キスは、してもいいか?」 嫌なら止めるという気遣いが見える。 大事にされてるんだなとわかって、嬉しくなった。
迷うことなくいいよというと、そっと唇が触れ合わされた。
触れ合うのは嫌いじゃない。 もっと慣れたら先に進むことが出来るだろうと、目を閉じて思った。
終わり
チフネ
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